
宮本三郎の風景を旅する2003年2月18日(火)〜4月20日(日) 小松市立宮本三郎美術館(石川県小松市)
宮本三郎は1905年、石川県小松市の農家に生まれた。同時代の画家が往々にして裕福な家庭に生まれているのとは違い、美術学校の門はくぐっていない。画家を目指し旧制中学校を15歳で退学、神戸へ出るも17歳で上京、川端画学校で藤島武二らの指導を受け、18歳で光風会展に初入選を果たす。その後も二科展などに入選を重ね、挿絵なども手がけ、30歳の時、新居を世田谷に構えた。そのアトリエの第一作「婦女三容」が二科の推奨賞を受け、画家としての地位はゆるぎのないものになっていく。くわえて金澤美術工藝専門学校(後の金沢美術工芸大学)教授、多摩美術大学教授なども勤め、大家と呼ばれるまでにそれほど多くの時間は要さなかった。1974年逝去、69歳。 小松市立宮本三郎美術館は、遺族から作品の寄贈をうけ、2000年にオープンした。今回の企画展は館蔵品を紹介するもので、"アトリエの情景""水辺を描く""異国ヘの旅""懐かしきふるさと"の4つのコーナーが設けられている。戦争画も描いた画伯の処女著作『宮本三郎南方従軍画集』も展示されていた。
作品については、ことさら説明の必要はないのだろうが、疎開中の金沢市の同じ部屋で描かれた2つの作品、「窓辺の女」と「窓際の女」、色調が明るいオレンジとくすんだグリーン、そこに何が隠されているのだろう、などと尽きない興味も涌いてくる。 小松市立宮本三郎美術館 TEL:(0761)20-3600 |
松本昇素描展2003年2月28日(金)〜3月6日(木) ひろた美術画廊(石川県金沢市)
素描の対象は人物を中心に風景、花などの植物と幅広い。その対象物に素描という人間の手の技を刻んでいく。それがこのジャンルの魅力であり面白さでもある。日本では大家に小磯良平、高光一也がいる。その高光を師とした光風会評議員松本昇の素描展である。 松本は金沢美術工芸専門学校(現金沢美大)洋画科卒で、当時の主任教授が高光だった。師のタッチや構成に強い影響を受け、ベッドに横たわる「裸婦」で昭和27年日展初入選。その後、連作を発表していった。昭和62年には光風会出展作品「朝のアトリエ」が第1回高光一也賞、翌63年には日展特選を受賞、不動の地位を築いた。その画風は光りと線、色彩に満ちた世界で愛好者を魅了した。
今回出展した作品は23点。裸婦のほか花などの植物を木炭とパステルで描いている。黒線での繊細な筆使いで微妙な濃淡をつけて、のびやかな肢体と艶やかな皮膚の質感で存在感を出している。トルコ桔梗や立ち菊などの植物は色の組み合わせがよく清楚で端麗、何よりも気品という雰囲気が伝わってくる。 小磯は素描が楽しくて仕方がない、と言っていたそうだ。松本は「思い込みばかりが多くて形にならない素描ですが、ご批判を」と謙遜気味だが、松本もまた素描の魅力に引かれ、作品に楽しさが充満しているようだ。 ひろた美術画廊 TEL:(076)240-0007 |
「裸婦を描く 想ぐるーぷ展」2003年2月27日(木)〜3月4日(火) ギャラリーノア(石川県松任市)
いろいろな会派の人が集まって出展したグループ展、それぞれが作家精神をいかんなく発揮していて興味はつきない。具象や抽象もある。古典的なものから都会的なおしゃれな作品もあり多彩だ。一水会委員の寅若繁が主宰する「裸婦を描く 想ぐるーぷ展」がそれで、21人が油彩とパステル画29点を展示している。 二紀会、一創会、一水会、それに無所属などの作家による裸婦を描く会で20年間続いており、2年ごとに発表している。この集まりの原動力は寅若の人柄であり、作家たちのたゆみない努力であろう。「デッサンは基本。いつも初心を忘れずに勉強している」と作家たちは語る。 寅若の裸婦「臥」は、つつましいなかに絵の内側から涌き出る輝きがあり、まさに師の作品である。山本勇(一水会)の「静寂の空間」は新陳代謝を図ったような雰囲気のある画風だ。森左馬尉(無所属)「フローラ」は日本画のような色彩の組み合わせが意表をついた。裸婦展では異質だが、奥村真美(一水会)の「秋光」は透けた深紅の着物をまとったポーズで古典的な雰囲気がある。今回の出品作もモデルを描く目の確かさと手の技は充分で手ごたえがあり活気のある展覧会となった。 ギャラリーノア TEL:(076)276-4486 |
堅田治子作品展2003年2月18日(火)〜3月3日(月) ギャラリー「樫木モック」(石川県松任市)
美術界の会派は主なところで現在、約20会派が活躍している。ピラミット型のところもあれば、自由な創作で個性を大切にする会派もある。一般的には一水会や光風会など日展系は「教科書」通り、師の言われる通り、真面目で几帳面な画風。自由派は非日展系で独立美術、創造美術会がここにあたる。 そのひとつ創造美術会に石川県内で所属している人は約100人、と大所帯で、近年は女性の活躍が目立ってきた。石川県松任市の洋画家で会友の堅田治子が個展を開いている。昨年の北國女流美術展で入選した作品など油絵11点を展示した。「静物より風景が好き」という堅田は常に旅に出て写生をしてくる。「見たまま、感じたまま、ずばり描いています」という。
が、自己主張は充分ある。たとえば油彩「留萌岬」では、力強く荒いタッチの岩と波がそれを物語っている。大作「レッスンの合間」は、画面中央で椅子に座り休息をしているてバレリーナが印象に残る。ドレスの思いきった赤がバランスをとり、全体を引き締めている。 この会派の作品には荒っぽさが目立つが、それが刺激になって、絵のたくましさと上質な絵心を見る側に伝えている。堅田は2年前から陶芸も始めたという。芸術への情熱と創作意欲は増すばかりだ。その精神が創造美術の魅力だ。 ギャラリー「樫木モック」(松任市民会館内)TEL:(076)275-2644 |
よこ展 やまだよう子個展2003年2月25日(火)〜 3月2日(日) ギャラリー那珂(石川県金沢市)
小さいころから紙とエンピツの横にいた。「自分の絵が世の中に評価されることに憧れて」中学の時すでに絵の道を選択。やがて「自然と」金沢美術工芸大学を日本画で受験、現在同大学院の2年生。しかしもう数日で卒業だ。2月26日から卒業制作展が同大学ではじまっているが、院生も出展するから個展と同時進行になった。 F130〜150の大作4点が目をひく。4年生の卒業制作として描いた「おしゃべりたち」は信楽を訪れてイメージした作品で、どこかユーモラスなタヌキたちの口先がユニークでおもしろく、当時ちょっと話題になった。子牛を描いた「生きる音」は暗いオレンジのモノトーンの作品、よくみると動物の息吹きが聞こえてきそうだ。「夏の譜」は学校の窓からの風景、その贅沢な自然環境に驚く。近作の「おひるやすみ」は動物園のペンギンを描いたカラフルな作品で、「最近自分の色=トーン=がみつかった」という。小品も5点展示されているが、「はな」は個性的で力強い作品だ。 「昨年まで悩みぬいて、絵を描くことにプレッシャーが‥‥」。それが院の2年生になって「日本画にこだわらない」という考えに立ち「楽になった」。が、「今は、いっぱいいっぱい、あと2・3年後に自己主張します」。春からは一般企業に勤める。「環境を変えたいから、営業を希望しました」。もちろん絵はしっかりと続ける。期待したい。 ギャラリー那珂 TEL:(076)260-4115 |
宮村ちれかの カントリードール 〜春風〜 展2003年2月20日(木)〜3月4日(火) ギャラリ−千代堂(石川県松任市)
人形には日本人形、フランス人形など多い。また、装飾的なもの玩具など多様でもある。既製品ともなれば美しく出来栄えもいい。が、最近の人形には作る側と使う側の心を考えた場合これでいいのか、と疑問がのこる。そこでカントリードールが話題になり製作者も少しずつ増えてきた。 カントリードールはアメリカの大平原で母親が我が子のために布切れで作ったのが始まり。何もない田舎で心をこめた人形は親と子のコミュニケーションをつくった。そんな人形からは親しさや温かさが伝わったであろう。しかし今は、コミュニケーション欠如の時代といわれる。そこで、いろいろな手段が講じられてきた。カントリードールもそのひとつである。 人形作家の宮村ちれかは「手作りの原点が個々にあると思う。というのは、これらの人形はどれもきれいでないでしょう。布は使い古いしたものの、いわばリサイクルです。何回も使っているから汚れています」。きれいでなく、お茶目なところがポイントらしい。そこに手作りの親しみがある。布はすべて木綿で、そのまま使うこともあれば、白地に好みの色を染めて作るところもある。 日常生活にあるものを用いて、日本人に合う素材の性質をうまく引き出し、女性らしい繊細さを滲ませている。 ギャラリ−千代堂 TEL:(076)275-0305 |
ゆめじのもじ ゆめじのえ2003年1月24日(金)〜4月6日(日) 金沢湯涌夢二館(石川県金沢市)
夢二は、あまりそういったイメージでは伝わっていないが、以外やプロデューサーとしての一面も持ちあわせていた。売れっ子だったから、目利きよく自分の絵や便箋などを販売する店「湊屋」をたまきにやらせているし、今でいうならデザイン会社、「どんたく図版社」を興そうともした。また、金沢の湯涌温泉に20日間ばかり彦乃と逗留したのは大正6年のことであるが、大正11年に、ある男を斯界の実力者3人に紹介する手紙を送っている。ある男とは西尾源二郎、のちに金沢市の粟ヶ崎に宝塚のようなレヴューを上演する遊園地ができるのだが、それに尽力した男だ。紹介した3人は、1人が坪内逍遥の甥で宝塚の養成所にいた坪内土行であり、あとの2人は夢二と親交の深かった画家の恩地孝四郎と経済的な援助者山田市蔵である。その、めずらしい手紙が展示されている。
彦乃ヘのラブレターや、生涯の友人有島生馬への書簡などもある。さすがに夢二の筆の技、いずれも立派な作品になっている。おもしろいのは館の学芸員、高橋律子が企画制作した"夢二のいろは文字パネル"、いくつかの手紙の中からコラージュした。 しかし、ひときは目をひくのは、やはり美人画。有名な『ほたる』は、足もとの本に蛍が描かれているのでそう名付けられた作品で、「辻褄の あはぬ話も おもしろや かのきぬぎぬの うその涙も」の詩(うた)が描き添えられている。 金沢湯涌夢二館 TEL:(076)235-1112 |
如月の「あかり展」2003年2月13日(木)〜2月25日(火) ギャラリーノア(石川県松任市)
「あかり展」というと、とかく日常的で実用の範疇から抜け出せないものが多い。が、この展覧会では日本の明かりの美しさと、それにともなう家具の重厚さがうまくマッチしていて独創的な雰囲気となっている。出展した5人の作家は「伝統的な日本の明かりに新しいリアリズムを取り入れた」と説明する。なるほど和紙や木、竹、金属、籐などと流木、昔の家具との組み合わせで自由な空間を造りあげている。さらに5人の共通した特色は作品に物語性を出していることであろう。 金属は井野理奈。武蔵野美大、卯辰山工芸工房を修了。世界工芸コンペなどで活躍。銅に銀メッキを施し小さい穴を開けて光を通し、硬質の光を出している。和紙は千綾真由美。全国のクラフト展で入賞。紙の美しさが光に映えて別の世界を演出している。 木は小島伸吾。武蔵野美大卒、富山クラフトコンペなどで大賞。落ち着いた色彩と光で構成し、作品には緊張感が漂っている。藤の福岡文子は石川県では唯一のバスケタリージャパン会員。福岡の作品は模様と色彩の渋み、豪華さ、美しさがあり芸術的な香りがする。 竹と和紙の坂野清一は北陸中日美術展で入選。この組み合わせでいいのは絵画的で独創性が備わっていることだ。ともあれ、5人は日本の伝統をわきまえながら、きちんと自己主張していることではないだろうか。 ギャラリーノア TEL:(076)276-4486
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コラージュ展2003年2月19日(水)〜2月24日(月) ギャラリーアミーゴ(石川県小松市)
コラージュ展は西山英二(一創会会員、石川県加賀市)と女性ばかり6人の仲間たちが発表した。染や油絵、陶芸、生け花などの分野で活躍している人ばかり。だからセンスはいい。それも女性の繊細さと柔らかい色彩が散りばめて楽しさが伝わる展覧会だ。 コラージュという言葉はフランス語で「貼る」という意味。芸術の分野において、マチスやピカソらが求めた抽象性、心象性、空想性の表現方法。制作は生活の周辺にある紙や布など様々な布を切り台紙に貼る。単純だがそれが滅法難しい。花など静物を描くわけではない。つまり対象するものがないわけだ。イメージや素材、造形などの複合的な組み合わせが要求されるからである。 単に絵の具で描いただけでは表現しきれない味わいがある。目とセンス、構成力、色彩感覚、表現力など造形感覚も必要だ。西山は「イメージが素材。書であれ、絵であれ、この技法を会得しておくと勉強になります」と、コラージュの魅力を語る。作品は黒色の布に白のオイルパステルで漢字を書いて造形化している。画面に余白を残して個性を引き出している。出展者は南節子、栄田信子、宮田多美子、嶋田ハルエ、中川寿美子、桑原照子。 ギャラリーアミーゴ TEL:(0761)24-2552 |
新世紀の顔・貌・KAO展 −30人の自画像− 20032002年2月14日(金)〜2月23日(日) 美術サロンゆたか(石川県金沢市)
破格的というか奇想天外というか、面白い自画像展である。自分を類人猿になぞらえたり、抽象化したり、いろいろな角度から自己を表現した作品が並んでいる。洋画家30人、個性丸出しで一味違った展覧会である。 ゴリラの自画像は阿部知暁(一陽会)。文化人類学者によれば何万年も昔、人間の祖先は類人猿といわれている。自分のDNAに呼ばれてかアフリカに魅せられ、ゴリラに愛着を持つという作者の自画像はそのものずばり「我が内なる類人猿」。 背中を描く作家の田井淳(独立美術協会)は自分の背中に絵を彫り込んだという言い方がピッタリの「無限のなか」。鏡を見ながら描いていると、なぜか父の顔にそっくりなのに気が付いたという。血筋の観点からすれば当然だが、それを自分の絵に取り込んでしまうテクニックはさすがだ。 風景画を得意とする三浦泉(光風会)は「風景の私」。表現主義のタッチで挑戦している。時の狭間に立って存在している証を留めたいという作者の熱意が伝わってくる。日野宏紀(二紀会)はテラコッタで自分を表現した「私の風景」。立体と平面を使って造形的に自己の内面を外に向けて訴えた。テラコッタの建造物にいつしか自分が同化されたと語る。
企画した美術評論家の中野中は「自分の顔を描くということは、自己とは何かを問い続けることである」といい、これらの自画像が一堂に会することで、新世紀の「貌」が見えてくるのではないか、と述べている。 美術サロンゆたか TEL:(076)232-1341 |