かたちは
民家も町並みも美しいかたちがあります
一椀もそのかたちを示して、その背景をさがせます
どこの地域が見えるか、また列島のむこうへの風景を持つのか
小さな一椀でありながら、その影のかたちは大きい
日本最大の漆産地として知られる輪島に、「かたち」にこだわる職人、角偉三郎さんがいます。「私は幾人もの職人さんと一緒に漆を制作しています。輪島の地そのものが私にはひとつの工房といってもいいかもしれません」。能登半島の厳しい風土の中で、ひたすら可能性に挑む角さん。今は門前町の山中の通称「まんだら村」にもアトリエを構えています。冒頭の文章は、角さんが12月8日まで名古屋・丸栄で開催中の「角偉三郎展」に寄せたものです。
この展覧会には、独特の素手で文様を付けた盆をはじめ、漆を手でつかみたたいて幽玄の味わいを表現した桶、今年から新たに創作した金箔を使った漆かけ桶を出しています。さらには曲がっていてほとんど無用とされたヘギ板を活用した神酒徳利のような瓶子など、際限なく「かたち」を追求しています。展覧会は、形を変えて東京や栃木でも催されます。
銘と決別し原点見直す
角さんの作品には、銘がありません。5つの朱点が配され、それを線で結んでいます。一見、星座のような形です。星の1つひとつにはこんな意味が込められています。まず材料があって次に道具。そして作り手と使い手。最後の1つは自然と調和したいという思いです。これが「角偉三郎の5つ星」です。この星が結ばれてこそ作品が生きるのだといいます。角さんにとって仕事への信念であり、祈りともいえます。飾り物としての漆ではなく、「使われてこそ具」との職人の気概が、角さんの真骨頂なのです。

角さんは1940年、輪島市に生まれました。父は下地職人、母は蒔絵職人でした。三代目の角さんは中学を卒業するや沈金師、橋本哲四郎さんに入門し修業に入ります。22歳の時、日本現代工芸美術展の第1回に出品、初入選を果たします。1964年以降、日展で17回入選し、78年には漆パネル「鳥の門」が特選に輝きました。30歳代にして「輪島に角あり」の評価を博します。しかしやがて日展や日本現代工芸美術展には出品せず、わが道を歩むことになります。
40歳の時、漆芸作家の肩書を使わなくなりました。そして「偉三郎」の銘とも決別し、箱書きもやめます。「それまでは平面やパネル、オブジェで表現した優美な世界をめざしてきました。しかしそれは絵画や彫刻など、漆を使わずとも表現できるではないでしょうか。だとしたら漆とはいったい何なんでしょうか」と自問したからでした。
角さんはその答えを伝統的な技法や芸術的な奔放さに求めなかったのです。輪島の風土に育った自分自身の生き方に求めたのでした。それは足元の椀や盆など本来の漆器への回帰だったのです。「漆という素材が一番生きるのはやはり食器なのです。美術品でなく日常生活の場で使えて飽きのこないモノを作りたい」との考えに到達したのでした。
![]() 「朱天と黒天」 |
![]() 「たまごち」 |
こうして角さんは作家の道から職人の道に逆流しました。それが角さんにとって自然の流れでした。漆芸の姿勢だけではなく、その手法においても独自性を追求しました。10回近くも「重ね塗り」する輪島塗の伝統を否定したのです「漆の性質を複雑に解釈するのではなく余計なものを省く作業の中で、新しい造形世界を発見する」。これがアウトサイダー角さんの信条でした。
その角さんの今年の作品には銘変わりの星は6つになりました。その新たな1つの星に託す意味は、時空を超えた永遠なる漆への愛着を込めた願いなのかもしれません。
手塗りで新境地拓く
漆は直接触れるとかぶれる恐れがあるためか、産地ではだれもやらない手塗りに、角さんは平気で挑んでいます。手で直接塗ると、大胆で力強い質感が出るのです。刷毛で塗り込まないため、カンナの跡や木目や布の跡を残す手法にもつながりました。絵付けも手のひらや指、つめに漆を混ぜた練り金を付けて描いています。その後、漆のルーツを求め訪ねたミャンマーのチャウカ村では、仕上げも手塗りだったそうです。漆の原点を見る思いだったといいます。
![]() 「曲輪五段重」 |
![]() 「朱塗 蓋付 仲鉢」 |
この旅には、漆商で長年の友人でもある大向稔さんも同行しました。ふたりは産地としての輪島塗の将来を案じています。大向さんは角さんの新境地についてこう分析しています。「角さんの目は、自分の育った輪島に足を踏ん張り、漆にたずさわってきた過去、未来の職人の営み、さらには漆を産するアジアに向けられています。産地はいま、不況にあえいでいますが、日本古来の漆文化の灯をともし続けていかねばなりません。角さんの問いかけを産地全体でも問わねばなりません」。
門前の山中のアトリは、自然の中に溶け込んでおり、木々の眺めがあり、風の音と鳥のさえずりが聞こえてきます。しかし夜になると、どこからも明かりが見えません。文字通り黒い漆をまぶした漆黒の世界が広がります。そんな時、詩人のような心境になり、角さんは書を始めたといいます。私が所望した色紙には、こんな文章が角流で書かれていました。
せまって来る 少しためて吹く まるいのだ風 ころがってうちの戸をたゝく
※『夢をつむぐ人々』より一部抜粋
次回は「運営難にあえぐ公立美術館」です。
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| 「文化」は生きる「力」だ! 発売日:2003年11月19日 定価:本体1400円+税 発行:三五館 内容:50歳を前にして企画マンを命じられた新聞人が、10年間で体感し発見した、本当の「文化」のかたち平山郁夫画伯らの文化財保護活動など幅広い「文化」のテーマを綴る。 |
夢しごと 三蔵法師を伝えて 発売日:2000年12月21日 定価:本体1,800円+税 発行:東方出版 内容:玄奘三蔵の心を21世紀へ伝えたいという一心で企画した展覧会。構想から閉幕に至るまで、筆者の「夢しごと」をつづったルポルタージュ。 |
夢をつむぐ人々 発売日:2002年7月5日 定価:本体1,500円+税 発行:東方出版 内容:新藤兼人、中野美代子、平山郁夫など、筆者が仕事を通じて出会った「よき人」たちの生き方、エピソードから、ともにつむいだ夢を振り返るエッセイ集。 |