「また面白い事をやりましょう」。年明けにニューヨークからこんな便りが届きました。今や世界を舞台に活躍している中国人アーティスト、蔡國強(ツァイ・グオチャン)さんからです。蔡さんは日本をはじめフランス、アメリカなどに拠点を移し、異なる風土から受ける刺激を作品に反映させています。現在はニューヨークを中心に、世界を駆けまわり、精力的にプロジェクトを発表。今秋オープンする金沢21世紀美術館の開館展にも参加が予定されています。

2002年7月13日の日没後、神戸市の兵庫県立美術館南側の海上周辺の岸壁はただならぬ雰囲気に包まれていました。何が起こるのか、多くの人々が固唾を呑む中、海面にゆっくりと炎の帯が見え始めたのでした。強いアルコールの青い火を灯したトタンの小舟99隻が連なり、龍のように蛇行しました。「青い龍」と称した芸術パフォーマンスは、蔡さんが阪神淡路大震災で亡くなった人たちへの慰霊を表現する、現代の精霊流しでもあったのです。
美術の「力」を示した展覧会
見て美しいものだけが美術ではありません。現代美術は、むしろ醜悪なものさえ対象に根源的な「美」を求め、人間の生や社会を問い、はては宇宙の神秘に至るまで、造形物を通し見る者に様々なメッセージを発信します。それは美術の「力」を示しているといえます。文字通り「美術の力 時代を拓く七作家」と銘打った展覧会が2002年7月から8月にかけて、新装なった兵庫県立美術館で開催されたのでした。開館記念展第二弾として朝日新聞社が共催することになり、私もスタッフの一員として、開催の二年半前から取り組みました。
通常、芸術は美術館で鑑賞します。しかし芸術家の表現活動は時として社会の中に飛び出すものです。私は1994年にも、広島で開かれた第12回アジア競技大会の芸術展示として広島市現代美術館と共催した展覧会「アジアの創造力」にも関わりました。ここでも蔡さんと、日本を代表する川俣正さんが、被爆地ヒロシマの原点を問い直す屋外展示をしました。かつて美術品は一部権力者や富裕家の独占物でした。やがて美術館という公共的な装置によって、広く公開されてきましたが、現代美術はその建物からも抜け出る創造性があるのです。
神戸での蔡さんのプロジェクト「青い龍」は、震災で心に痛みを負った多くの人々に、美術の根源的な力に触れてもらい文化復興をアピールするものとなりました。99の舟は、「9」の数字に無限の意味を託した蔡さんのこだわりです。アルコールの青い炎は天空を清め、横たわる龍は天地を過去から未来へつなぐ意図を示していました。蔡さんは室内展示では小さな黄金舟99隻を空中につるしました。これは未来への船出を表現するもので、制作にはボランティアも加わりました。

現代美術は、あくまで作家の精神性を信頼して成り立つものです。しかし様々な制約もあり、私どもスタッフとの対話を必要とします。蔡さんの当初案では「港」をテーマに、これまで世界各地で制作してきた「船」の作品を集める予定でした。この中には2002年2月に上海で発表した野心作も含まれていました。鳥を捕らえるために餌を撒き、つっかい棒に紐を付け、鳥が網にかかると紐を引っ張る昔の遊びの逆発想で、現代文明を批判した作品でした。廃船を逆さにした中にパソコンを設置し、いまや人間がインターネットの網の中に捕らえられ、紐を引っ張る人間に代わって鳥籠ではカナリアが自由に飛び回っているとのコンセプトです。しかし、美術館の中で鳥を飼うとオウム病の心配があるとの指摘で見送られました。
アートと社会の関わりに課題
一方、広島のプロジェクト「地球にもブラックホールがある」は、美術館や朝日新聞のスタッフにボランティアの学生らも加わって、ヘリウムガスで膨らませた風船で導火線をつるしました。風船の中には、導火線から外れ、遠く青空に消えていくものもあって悪戦苦闘でした。そして点火。ものすごい爆音と閃光と煙を発し、炎は瞬時に土中に吸い込まれていきました。とはいえ、再生したヒロシマへの祝賀と鎮魂を願った作家の意図は、見る者に衝撃的な印象を与えたのでした。
![]() 1994年のアジア大会前日に広島市中央公園で で開かれた蔡國強さんのパフォーマンス |
![]() 爆音と閃光を発し炎は地中へ。再生した ヒロシマへの祝賀と鎮魂を願った芸術表現 |
こちらも蔡さんの当初案は、原爆が投下された同じ高さから、今度は平和の火を灯そうという計画でした。安全性の問題以外に、被爆者団体に相談してみると、広島の被爆者にとっては原爆投下の再現を連想してしまうと反発しました。被爆者らは広島での鎮魂は空からよりも地中にあるとの言い分で、やむなく地上に長さ900メートルの導火線を多数の風船で上空から螺旋状に吊るし、上方から点火し、地中に掘った穴の中へ消える芸術表現に変更しました。芸術家が自由な発想で創るアートの表現の自由と、それを受け入れる社会の調和が課題です。
現代美術の門外漢だった私も1993年以降、蔡さんを知ったお陰で次第に興味を抱き始めたのでした。その後、高知県立美術館のレッド・グルームス展や滋賀県立美術館のシンディ・シャーマン展、広島市現代美術館でのロバート・ラウシェンバーグ展などにも関わり、現代作家の多様な表現に、時代へのメッセージを感じ、大いに刺激を受けました。
2001年11月には、日本で開かれた現代美術の祭典「横浜トリエンナーレ2001」を見学しました。こちらは三年に一度の催しで、38カ国から約110人が出品。「メガ・ウェイブ 新たな総合に向けて」のテーマのもとに、従来の枠組みを超えて芸術の諸分野や科学、哲学などとの交流をめざすテーマでした。ここでも蔡さんの作品を見ました。会場の一角に蚊帳状のカーテンで囲まれた広場の天井から花火のイルミネーションを吊るすというインスタレーション(仮設展示)です。その下には、何台ものマッサージチェアを置き、観客はリラックスして、華麗に散りばめられる光のショーを見上げるといった趣向でした。
花火を使って空に絵を描く夢
蔡さんといえば、花火を使う芸術家で有名です。同じ2001年の10月に上海で開かれたAPEC(アジア太平洋経済協力会議)の記念イベントとして、中国政府が国家威信をかけた一大プロジェクトを挙行しております。日本円にして4億円とも5億円ともいわれ、大都市化の進む上海を舞台に、23の建物を仕掛け花火で結び、コンピュータ点火によって夜空に巨龍を描くという大がかりなものでした。
さらに花火がベートーヴェンの『歓びの歌』を表現したり、400メートルのテレビ塔が火と水晶の塔になる壮大なプラン。わずか20分のスペクタクルに使用した花火は数十トン、爆発物が20万個を超えました。スタッフ600人、警備に5万人が当たったそうです。ブッシュ大統領ら世界の首脳たちが見守りました。
「戦争の道具になる爆発物は、人々の心をつなぐ平和の道具になった」と蔡さんは語っていました。後日、上海でのプロジェクトをテレビ番組で見たとき、私は人間の仕事にかける情熱と、弾ける感性、個性の可能性に感嘆しました。
蔡さんは今後、花火を使って空に絵を描くことを夢みています。現在、アメリカの花火会社で開発中ですが、花火の玉にマイクロチップを入れ、爆発高度をコントロールしようという技術です。早ければ6月にフランスのエッフェル塔の近くで実施したい意向です。これは中国政府の仕事で、パリに中国の塔を花火で築く構想です。
この他にも、今年はフィンランド、スペイン、ポーランド、アメリカ、ブラジル、台湾などで個展やプロジェクトを実施する予定です。日本でも金沢に続き、来年の愛知万博の前夜祭に火薬プロジェクトの計画が練られています。私が関わった広島や神戸同様に様々な課題が付きまとうでしょうが、ぜひ実現してほしいと思います。
現代美術は時代を深く読み取ったり、潜在しているものを描き出したりするため、前衛的であり、抽象表現を伴い難解な面があります。しかし蔡さんの作品世界は、私たちの既成概念や思考方法を覆すものです。私たちが日常生活の中で気づかない価値観を掘り起こしてくれます。それが美術の持つ「力」ではないしょうか。
次回は「執念のアンコールワット展」です。
![]() |
![]() |
![]() |
| 「文化」は生きる「力」だ! 発売日:2003年11月19日 定価:本体1400円+税 発行:三五館 内容:50歳を前にして企画マンを命じられた新聞人が、10年間で体感し発見した、本当の「文化」のかたち平山郁夫画伯らの文化財保護活動など幅広い「文化」のテーマを綴る。 |
夢しごと 三蔵法師を伝えて 発売日:2000年12月21日 定価:本体1,800円+税 発行:東方出版 内容:玄奘三蔵の心を21世紀へ伝えたいという一心で企画した展覧会。構想から閉幕に至るまで、筆者の「夢しごと」をつづったルポルタージュ。 |
夢をつむぐ人々 発売日:2002年7月5日 定価:本体1,500円+税 発行:東方出版 内容:新藤兼人、中野美代子、平山郁夫など、筆者が仕事を通じて出会った「よき人」たちの生き方、エピソードから、ともにつむいだ夢を振り返るエッセイ集。 |