神戸市立博物館で開催中の「大英博物館の至宝展」は連日4500人以上の入場者でにぎわっていますが、沖縄の離れ小島で見つけた世界一小さな資料館のことをお伝えします。私たちは美術館や博物館に足を運ぶのは、展示品を通し、新たな発見があるからです。人間の長い営みから生まれた文化財や、鋭い感性で創られた芸術品には感動を憶えます。しかしどんな対象に興味を感じ、豊かな時を過ごすかは、見る者自身の心の問題です。
今も旧正月を祝う島の行事
旧正月の1月22日に「久高(くだか)に帰る」と表現し、島への旅を50回も重ねた大阪出身の知人に誘われ、沖縄本島から船で渡る小さな島に行ってまいりました。沖縄・久高島は知念半島の東方約5キロ余りの太平洋上に位置し、周囲8キロ足らずの細長い島です。人口わずか200人そこそこですが、琉球開闢(かいびゃく)、五穀発祥の聖地とされる神秘に満ちた島です。ここには都会人が忘れかけた文化本来の原型が息づいていました。
島で唯一の宿である久高島宿泊交流館に泊まりました。この時期、列島は寒波に見舞われ、あまりの寒さに寝正月を決め込んでいますと、どこからともなく流れてくる三線(さんしん)の音が耳に。引き寄せられ赴いた所は、外間(ふかま)殿と呼ばれる祭場でした。そこでは島の人たちが1年の健康祈願をする盃事が行われていました。
![]() 大晦日、久高島の食堂では土地の漁師の三線に合わせ、観光に来た若い女性らの踊りの輪ができた |
![]() 元旦には島びとたちが神職から盃事で1年の健康祈願 |
殿(トゥン)では、島びとたちが2人1組になり、祭事をつかさどる外間ヌル、根神(ニーガン)や居神(ギイガミ)らの前に進み、決まりごとに従い泡盛の盃を交わす。これが終わると、庭に出て来て、三線と太鼓の囃子に合わせ、手を振りかざしカチャーシー舞いをします。庭では島の人らが泡盛にイモと魚の料理を味わいながら、談笑し、舞いに合わせ手拍子を打つといった島ぐるみの正月行事が延々と繰り広げられていました。
これらの盃事に使う酒や食べ物はすべて島々や本土からの来訪者らの供出(ハカイメー)でまかなわれています。島に住む者は、男は海人(ウミンチュ)に、女は農作業に就きますが、年々出稼ぎも増えているそうです。三線奏者になった島出身の茶髪の若者もいて、腕前を披露していました。魔除けのシーサーが設置されている石垣に囲まれた家々には日の丸国旗が掲げられ、今なお陰暦での正月を祝っているのです。
翌23日の旧正月2日、島の神職の一人である真栄田苗さん(64歳)に案内していただき、最北端の岬までハイキングしました。途中、五穀の種が入った黄金の壷が流れ着いたという伊敷浜で、朝日を拝しました。島の人はこの浜で3個の石を拾い、家に持ち帰りお祈りをし、翌年に浜に返す習わしです。3個は天と地と海を表し、自然の恵みに感謝の気持ち捧げるそうです。
![]() 三線と太鼓に沖縄民謡で祭事を盛り上げる奏者たち |
![]() 島に数ある遥拝所の一つである伊敷浜。前年に祈願のため持ち帰った石を返しできた小さな山 |
伊敷浜は数ある遥拝所の一つで、アマミキヨが降臨して創った琉球開闢七御嶽の第一の霊地とされるフボー御嶽は男子禁制の地です。この島は「女が男を守るクニ」とされてきました。1978年を最後に途絶えましたイザイホーは12年に1度、午年の旧暦11月15日から5日間かけて行われた神事です。30歳以上の女性が巫女になる厳かなる儀式で、「神の島」と言われる由縁も納得がいきます。島の人々の祈りは、まず地球上のすべてに、次に子孫の未来へ、そして最後に自分のことをお願いすると聞きました。
困った時の神頼みで、神社でもお寺でも、自分の幸せだけを祈りがちな信仰心の薄い私たちとは雲泥の差です。この島には信号機が無ければ警察官も居ません。大きな島の出来事は、正月はじめ島ぐるみの年中行事なのです。島びとらは、現代社会に失われたコミュニティ社会を築いているのです。もっとも驚くべきことは、この島には、土地の私有は認められていないことです。相互扶助的な総有制度になっていて、細切れの畑は一定年齢期限だけ耕作権が与えられる地割り制度になっているのです。
正月2日には浜辺で漁師たちが車座になって「初興し」といった祝事の習わしもあります。新年の大漁を願っての行事です。ここでも三線と太鼓、そして沖縄の祝い歌が披露されます。昼前から集い始め夕刻まで飲み歌い踊るのです。近年はこうした島の行事に旅の人も参加します。一度来て忘れない思い出となった若い女性らがリピータとなるのです。
作家たちの手書き文章も
正月3日は所在ないまま、島内を歩いていて、冒頭に書きました世界一小さな資料館の文字に目を止めました。古い民家の門をくぐると、「久高島無人民藝館」の木製看板がかかっていました。土間から見上げると、これも古ぼけたケースにほこりまみれの民具が置いてありました。とても上質のものとはいえませんが、土着の臭いのする味わい深いものでした。
![]() 民家を活用して設けられた「久高島無人民藝館」。木製の看板がかかっている |
![]() 資料館には民具が並ぶ。ここは警察官のいない島だけあって、 無人でも盗難はないのだろう |
座敷の4・5畳の部屋には神棚があり、正月飾りが供えられていました。みしみし音のする畳の部屋に上がりこみ、茶棚をのぞくと、この島に伝わる神事について書かれた本や写真集が数多く置かれてありました。無人なので、なんだか気が引けましたが、さらに奥の部屋には、新聞の切抜きや貼ったスクラップブックや、ここを訪れた人たちの感想文などもありました。
私はすっかり嬉しくなって、どっかり腰をおろして読み始めました。その中に作家たちの自筆の文章も交じっていました。、
島の方々のこまやかな御心づかい、繊細な感受性をつよく感じました。イザイホウそのものはヤマトの者たちが失なった善き意味での文化の総結集の形であると見させていただきました。(中略)久高の言葉や昔語を伝承されますよう、いつまでも神の島でありますようお願いいたします。(石牟礼道子)
久高島のイザイホウや久高島の歴史は謎にみちているように思われます。(中略)テレビの「ふるさと祭り」式のようなものに、イザイホウなどを出演させるようなことは決してなさらないで下さい。神事は芸能ではないのですし、そういうことをなされるのなら、やがて人びとの足も久高島を離れるでありましょう。(色川大吉)
神の島で途絶えた神事をしのぶ
私は時間の経つのも忘れ読みふけりました。この島には画家の岡本太郎さんも生前、何度か訪れており、毎日出版文化賞を受賞した名著『沖縄文化論』(中公文庫)の中で取り上げています。1966年のイザイホーを見聞した印象をこう記しています。
女たちはゆるやかに進みながら、ときどきそろって半歩、左足をずらす。白砂の上に素足のなまなましさ。その肌の色が私にはこの祭りのカナメのように思えた。突然、頭の上に切り裂くような金属音.見上げると、キラッと光った三角形。鋭い刃をつらねた怪鳥のようなジェット編隊が、白い筋を引いて矢のように過ぎる。不協和なあいの手だ。だが白衣の踊りの輪は静かに流れてゆく。
イザイホーはもう復活しないかもしれません。でも岡本さんの絵画的な描写に情景が思い浮かびました。さらにこの島の神事を撮り続け61歳の生涯を閉じました比嘉康雄さんの残した写真で、その模様を伺い知ることができました。
わずか5日間の旅でしたが、この地には心をいやす不思議な魅力がありました。何でもおカネで買える時代に、もっと大切な精神世界があることを認識させてくれました。私はこのちっぽけな資料館で、寒さも忘れるほどに、刺激を受け、心に大きな収穫を得ることができたのでした。
次回は「展覧会企画はこうして生まれる(2) 真鍋博の世界」です。
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| 「文化」は生きる「力」だ! 発売日:2003年11月19日 定価:本体1400円+税 発行:三五館 内容:50歳を前にして企画マンを命じられた新聞人が、10年間で体感し発見した、本当の「文化」のかたち平山郁夫画伯らの文化財保護活動など幅広い「文化」のテーマを綴る。 |
夢しごと 三蔵法師を伝えて 発売日:2000年12月21日 定価:本体1,800円+税 発行:東方出版 内容:玄奘三蔵の心を21世紀へ伝えたいという一心で企画した展覧会。構想から閉幕に至るまで、筆者の「夢しごと」をつづったルポルタージュ。 |
夢をつむぐ人々 発売日:2002年7月5日 定価:本体1,500円+税 発行:東方出版 内容:新藤兼人、中野美代子、平山郁夫など、筆者が仕事を通じて出会った「よき人」たちの生き方、エピソードから、ともにつむいだ夢を振り返るエッセイ集。 |