私の郷里に大きな業績を遺した一人のアーチストがいました。21世紀の近未来の世界を描き続けたのに21世紀まであと2ヵ月で他界されました。その人の名前を知らない世代が増え、かつて黒ぶちの眼鏡のその人の顔に見覚えがあったのに、その名を忘れた世代の方も多いと思います。でも、自然や人間の温かいまなざしに満ちあふれ、どこか懐かしさを感じさせる作品は記憶の中によみがえってきます。
イラストレーターの草分け的存在
そのアーチストの名前は、日本を代表したイラストレーター、真鍋博さんです。これまでの主要作品を集めての回顧展が3月4日から16日まで大阪・京阪百貨店守口店で開催します。1950年代に前衛的な油彩画を試みていた真鍋さんは、高度成長期の60年代、70年代に雑誌や書籍、新聞、ポスターといった印刷メディアの影響力にいち早く注目して、新たな創作の場として選び、当時なじみの薄かったイラストレーターという職業を今日のものとした先駆者です。
この展覧会に私が企画から展示まで関わりましたが、同郷だっただけに宿命的とも思えます。亡くなった当時、私は写真家の緑川洋一展と版画家の山本容子展を準備中でした。愛媛県美術館では2001年7月から9月に急遽、回顧展を催しました。ちょうどその頃、私は旧知の愛媛県美の原田平作館長から、「遺族が他県での開催も要望されているのですが……」と、打診されたのでした。
私は山本展の打合せで高知県立美術館に出向いた帰路、松山に立ち寄り真鍋展を鑑賞しました。幅広い活動をあらためて確認し、山本展の後に取り組む決意をしたのでした。ともに活動の場を画廊からメディアに求め、数多くの本の表紙などに作品を発表しました。
![]() アトリエでの真鍋博さん(1997年 撮影・西村満真鍋博回顧展図録から) |
![]() ミステリマガジン表紙(1966年7月号) |
その年の秋、遺族と会い展覧会着手を約束したのでした。すでに大半の作品は愛媛県美に寄贈されていましたが、2002年には残りの作品や資料のほとんどが、県美と愛媛県立図書館に寄贈され、新たな展覧会構築の条件がそろったのでした。
と言っても展覧会は会場がなければ始まりません。時代の流れは急テンポで、今をときめく山本容子さんと異なり、会場探しが思うにまかせませんでした。こうした中、真鍋さんが生前、しばしば顔をのぞかせていたという東京ステーションギャラリーにいち早く開催を内定していただいた事は幸運でした。核になる会場が美術館で、学芸員が担当していただけることは、私たち新聞社の企画マンにとって心強いものです。
その後、京阪百貨店と倉敷市立美術館も内定し巡回開催の体裁が整いました。しかし作品数が膨大で、その調査や写真撮影などに苦労しましたが、展覧会企画はこうしたプロセスに醍醐味があります。アーチストのことが次第に解明されていく喜びもあります。とりわけ真鍋さんの日誌が遺されており、その日常生活が分かった時には驚きました。細かな字でぎっしりスケジュールが書き込まれてありました。一日一日を大切にして、次から次へ創作活動をしていたことが理解できました。
科学技術の先行する未来でなく、有機的で神経や精神につながった未来。変わるべきもの、変えてはならないもの、変貌の早いもの、遅いもの、動かぬもの、それを調整し、それを前進させるのは人間だけだ。
未来を占ってはならない。創るべきものだ。
1969年のアポロ11号の月面着陸成功、1970年の日本万国博は、私たちに輝く未来を提起しました。私自身、わくわくした未来像へのあこがれを憶えたものです。真鍋さんは、日本万国博覧会の三菱未来館の起案に参加し、ポスター、ガイドブックなどのイラストを手がけました。その後の高度成長下、各地で博覧会ブームが起こり、20年後、30年後の社会や生活の有り様を予測することが社会現象にすらなりました。こうした時代背景を受け、真鍋さんのイラストはもてはやされました。
真鍋さんは旺盛な好奇心と機知を駆使して、実在しない道具や乗物、さらに都市を紙の上に描いて見せ、豊かで遊び心あふれる未来像を示すとともに、高度経済成長に伴う環境問題などの社会のひずみにも目を向け、ユーモアと風刺をもって独自のライフスタイルを提言し続けました。
しかし真鍋さんは単に時流に乗るだけでなく、「未来を占ってはならない。創るべきものだ」との信念を貫きました。真鍋さんの作品の真骨頂は、予測を超えて進歩発展する都市文明と、自然や本来的な人間のあり方との調和を求めております。
![]() ピクニック・サイクル(1973年) |
![]() 日本万国博 会場全景(1967年) |
「夢の家族三輪車」を製作展示
今回の展覧会では、八面六臂の活躍をし、20世紀を駆け抜けた真鍋さんの膨大な作品、書籍、資料の中から約300点を3つのコーナーに分けて紹介しました。まず「SF・未来学をテーマにした未来画」、次いで「ミステリーを中心にした本のイラスト」、そして最後に「万博グッズなどのデザインを中心とした仕事と自著」の三つです。
未来画の分野では、SFマガジンの原画、星新一さんの本や表紙・挿絵原画などが展示。おなじみの『ボッコちゃん』は多くの人に愛されました。筒井康隆さんの『朝のガスパール』の挿絵の原画も一部紹介します。また真鍋さんはアイザック・アシモフ、アーサー・C・クラーク、マイケル・クライトンの表紙も手がけました。夢のある未来から絶望的な未来まで、多彩な未来画が、今も新鮮で、懐かしく楽しめます。
ミステリーを中心にしたコーナーでは、真鍋さん自身が「私の勲章」と語る、ハヤカワのアガサ・クリスティーの本を展示します。本屋で見かけた人も多いでしょうが、あらためて「こんな仕事をしていたのか」と注目していただけると思います。『ミステリマガジン』の表紙も13年間にわたって手がけております。この色彩鮮やかな原画も多数、見ていただけます。
デザインや本の仕事では、万国博覧会全景図原画や、自著、色鮮やかな絵本『エキスポ・ファンタジー』『星を食べた馬』の本や原画などを紹介します。真鍋さんは環境問題を考え、バイコロジーの活動をしましたが、本展では『三輪車讃歌』で発案された「家族三輪車」を実際に製作し、特別出品します。『真鍋博の鳥の眼』(1968年)に描かれたの地図の上空から見た原画も見所です。
![]() 大気は走り、地球は巡る(『旅』4月号 口絵日本交通公社 1971年) |
![]() 数多くの作品に囲まれている真鍋博さん(1971年頃真鍋博回顧展図録から) |
日常を大切にした「真鍋博の世界」
展覧会は、大阪会場を皮切りに、4月23日から6月6日まで倉敷市立美術館、8月7日から9月12日まで東京ステーションギャラリーで巡回します。また開催を記念して各地でウオークも催されます。これは真鍋さんが生前、ユックリズムを提唱し、社団法人日本ウオーキング協会の活動に理解を示し、テレホンカードのデザインなども手がけ、その普及に尽力しているからです。
人生80年といわれるが、それを時間数にすると、70万時間。60歳の定年まで働いても、労働時間は7万時間余り。働くことは人生の総時間の1割しか占めなくなってきた。
あと9割の時間をどう過すか、が問われるなかで、あたりまえのこと、普通の生活、日常生活がとても大切になりはじめている。生きていてよかった、と思える時間、価値ある時刻――時のデザインがより追求されるようになるだろう。歩くことの豊かさも、そんな日常性から追求していくべきだ、と思う。自然に、あたりまえに、日常として。
この文章は、真鍋さんが、『歩行文明』(中公文庫)の末尾に記しています。真鍋さんは、イラストレーターとしてあまりにも有名ですが、エッセイストとしても優れています。鮮やかな色と繊細な線の「真鍋博の世界」。知らない方にも奥の深い真鍋博さんの芸術を体験してみてはいかがでしょうか。
次回は「大発見となるか 大博研活動」です。
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| 「文化」は生きる「力」だ! 発売日:2003年11月19日 定価:本体1400円+税 発行:三五館 内容:50歳を前にして企画マンを命じられた新聞人が、10年間で体感し発見した、本当の「文化」のかたち平山郁夫画伯らの文化財保護活動など幅広い「文化」のテーマを綴る。 |
夢しごと 三蔵法師を伝えて 発売日:2000年12月21日 定価:本体1,800円+税 発行:東方出版 内容:玄奘三蔵の心を21世紀へ伝えたいという一心で企画した展覧会。構想から閉幕に至るまで、筆者の「夢しごと」をつづったルポルタージュ。 |
夢をつむぐ人々 発売日:2002年7月5日 定価:本体1,500円+税 発行:東方出版 内容:新藤兼人、中野美代子、平山郁夫など、筆者が仕事を通じて出会った「よき人」たちの生き方、エピソードから、ともにつむいだ夢を振り返るエッセイ集。 |