第14回 壁画が語る古代ロマン 中国・高句麗遺跡の旅
白鳥正夫

中国と北朝鮮にまたがる高句麗遺跡の壁画古墳群などが今年7月にも世界文化遺産に登録される見通しです。わが国では先月、奈良県明日香村のキトラ古墳を調査していた文化庁が「十二支像」の一部を赤外線写真で公開しました。すでに石室内の天井に天文図、四面の壁に四神図の彩色壁画が確認しております。それより先、約1キロ離れた高松塚古墳でも同じような朱雀を除く四神図や天文図、そしてあの「飛鳥美人」で知られる人物像の大発見がありました。中国由来の守り神とされる四神を描いた壁画古墳は、明らかに高句麗遺跡に数多く散在する壁画古墳との類似性があり、その影響があったと見なされています。高句麗は中国東北部から北朝鮮にかけて、紀元前1世紀ごろから668年まで続いた大国です。5月の連休、その高句麗遺跡のうち中国の集安・桓仁に行ってきました。

世界遺産登録に向け遺跡の整備促進

今回のツアーは「騎馬民族のルーツを訪ねて」と銘打った歴史移動教室で、同行講師は西谷正・九州大学名誉教授でした。国家誕生の地とされる遼寧省の桓仁では、標高820メートルに築かれた五女山城を見学しました。近年、大がかりな発掘調査が行われ、史跡整備が進んでおりました。城壁や門址、建物などの遺構が露出展示され、スケールの大きさをうかがい知ることができました。山頂から見る眺望は格別でしたが、大規模なダムが建設され、平地にあった積石塚などの遺跡とともに、高句麗歴史の痕跡が水没してしまったことに複雑な思いがしました。

鴨緑江をはさんで北朝鮮と国境を接する吉林省の集安は、高句麗の栄華をしのぶ遺跡が随所に残っていました。目玉は改ざん論争に揺れた好太王碑です。1590年前の414年に長寿王が父の好太王(広開土王・374−412年)の功績をたたえるために建立したものです。倭の百済への進軍の記述をめぐって改ざん問題が生じものですが、その真偽はともかく、よくぞ6.5メートルもの巨大石の四面に1775字も刻んだものと驚嘆しました。かつて風雨にさらされていたが、現在は全面ガラス張りの楼閣に鎮座しています。


改ざん論争に揺れた好太王碑はガラス張りの楼閣に(中国・集安で)

周辺には太王陵や将軍塚などがあります。数年前まで民家が密集していたそうですが、一帯は史跡公園になっていました。昨年、世界遺産の審査のため訪れている西谷先生も「遺産登録の申請に向けて一大事業ですね。土地が国有だから出来るんですね」と、感慨深く語っていました。

しかしもっと驚かされたのは、ほぼ7キロ四方もある市域を取り囲む国内城の域内を街ごと移転し、整備すると聞かされたのです。案内していただいた金旭東・吉林省文物考古研究所長は「すでに市役所の移築が始まっていますが、新しい建築は一切認められません。今後80−100年かけてすべての建物を撤去します」と言い切っていました。何と壮大な構想でしょう。日本では考えられない文化遺産への並々ならぬ取り組みです。

マイクロカメラで内部を公開

歴史的に日本と深い関わりのある高句麗遺跡で、とりわけ注目していたのが壁画との対面でした。中国側の壁画古墳は十数ヶ所のうち、これまで六ヶ所は石室への扉があり、その一部は見ることが可能だと聞いておりました。しかし一つとして見ることができませんでした。世界遺産の指定を直前に控え、国家文物局からの規制も強くなったためと思われます。

確かに約1500年も前に描かれた壁画は、外気にさらす事はできません。日本では湿気が多く、カビの発生が深刻な問題で、キトラ古墳の修復保存が急がれています。金所長や西谷先生も「これからは保護を優先させるべきだ」との見解が示されました。閉ざされたままの高松塚やキトラ古墳のことを考えれば当然の帰結かもしれません。

いくつかの壁画古墳をめぐりました。どこも周囲に金網が張られ監視カメラが設置されていました。過去に三室塚で行列図が、長川1号墳でも高句麗人の風俗を表す貴重な壁画が盗掘されています。また昨年夏には国境地域の古墳から遺物を持ち出した朝鮮族の住民が、銃殺刑に処せられた報道もありました。角抵塚や舞踊塚にも鮮やかな彩色壁画が残っております。舞踊塚では腕を上げ踊る民衆の姿や、鹿など野獣を馬上から弓矢を放つ生き生きとした姿を取り上げたカラー資料を手にしながら、現地を後にしました。


舞踊図や狩猟図など彩色壁画のある中国・集安の舞踊塚と角抵塚(手前)

民衆の踊っている姿が鮮やかな舞踊壁画(『通溝』より)

狩猟の模様が描かれた狩猟壁画(『通溝』より)

ただ五かい(※)墳四号墳だけはマイクロカメラの遠隔装置によって、別棟のモニター画面で内部を詳しく見ることができました。壁画は一般的に白い漆喰を塗った石室内の壁をキャンパスに描かれていますが、ここでは花崗岩に直に描かれているということでした。青龍、白虎、朱雀、玄武の四神が大きく写し出されます。肉眼では捉えられない明るい画面で見ることができました。高松塚にも導入できれば、あの「飛鳥美人」が写真とは違った現場感覚で見ることができるのにと思いました。

平山郁夫画伯が1967年に邪馬台国の女王を想像し描いた「卑弥呼壙壁幻想」は、北朝鮮にある水山里古墳壁画の資料を参考にして、長いスカート姿にしたそうです。1972年に発見された高松塚の女性像とそっくりな服装だったので感動したといいます。その後、平山画伯は1977年に初めて北朝鮮を訪れ高句麗壁画を目にします。以来、ユネスコ親善大使として9回も訪れ、世界遺産への道筋をつけるのに貢献したのでした。


北朝鮮・南浦市の徳興里壁画の墓主像(永島揮臣慎さん提供)

歴史ロマンを誘う装飾壁画

いずれにしても高松塚やキトラ古墳に描かれた天文図は、高句麗のものと類似し密接な関係を持っていたことを裏付けています。私の旧知の千田稔・国際日本文化研究センター教授は、倭にいて故国が唐・新羅連合軍に滅ばされた百済王親子が被葬者ではないかと推定しています。日本の天皇陵には見られない特有の壁画があり、両古墳とも外形は円墳である点などを指摘しています。本来なら闇に閉ざされたはずの古代人の描いた壁画は多くの歴史ロマンを誘うのです。


奈良県・明日香村の高松塚古墳の「飛鳥美人」

奈良県・明日香村のキトラ古墳の「朱雀」

高句麗は700年におよぶ興亡の歴史の中で都を移し、5世紀に入って平壌に王都を構えます。中国と北朝鮮を一日1往復で結ぶ鉄道橋近くの鴨緑江のほとりに立つと、わずか200メートルそこそこの川幅が国境です。対岸に遊んでいる子供や往来する人々の姿が手に取るように見えます。金日成前総書紀の大きな肖像画やその指導をたたえる看板を目にすると「近くて遠い国」を強く意識しました。

古代人の美意識を誇示する装飾古墳は北朝鮮側に多く分布し百ヶ所近く数えると言われています。文化には垣根がありません。両国にまたがった今回の世界遺産登録の実現によって、日本との文化交流が進むことを願ってやみません。近い将来、鉄橋を渡って今度は平壌の壁画古墳を訪ねたいものです。

※かい=「灰」の下に「皿」をあわせた漢字です。

次回は「古備前を超えて 陶芸家の挑戦」です。

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しらとり・まさお
朝日新聞社大阪企画事業部企画委員。1944年、愛媛県新居浜市生まれ。中央大学法学部卒業後、日刊工業新聞社編集局を経て、1970年に朝日新聞社編集局に入社。広島、和歌山両支局で記者をした後、大阪本社整理部員。1989年に鳥取支局長、1991年に金沢支局長、1993年に大阪企画部次長に転じ、1996年から、現在に至る。編著書に『夢をつむぐ人々』『夢しごと 三蔵法師を伝えて』『日本海の夕陽』(いずれも東方出版)、図録『山本容子の美術遊園地』『西遊記のシルクロード 三蔵法師の道』『ヒロシマ 21世紀へのメッセージ』(いずれも朝日新聞社)、『鳥取砂丘』『鳥取建築ノート』(いずれも富士出版)などがある。

 
「文化」は生きる「力」だ!
発売日:2003年11月19日
定価:本体1400円+税
発行:三五館
内容:50歳を前にして企画マンを命じられた新聞人が、10年間で体感し発見した、本当の「文化」のかたち平山郁夫画伯らの文化財保護活動など幅広い「文化」のテーマを綴る。
夢しごと 三蔵法師を伝えて
発売日:2000年12月21日
定価:本体1,800円+税
発行:東方出版
内容:玄奘三蔵の心を21世紀へ伝えたいという一心で企画した展覧会。構想から閉幕に至るまで、筆者の「夢しごと」をつづったルポルタージュ。
夢をつむぐ人々
発売日:2002年7月5日
定価:本体1,500円+税
発行:東方出版
内容:新藤兼人、中野美代子、平山郁夫など、筆者が仕事を通じて出会った「よき人」たちの生き方、エピソードから、ともにつむいだ夢を振り返るエッセイ集。

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