備前焼の里は、岡山と兵庫県の赤穂を結ぶJRのローカル線の伊部(いんべ)を中心に広く散在しています。小高い山裾に数多くの窯元があり、備前焼1000年、煙の絶えない町です。その一角、牛窓町長浜の寒風(さぶかぜ)丘陵に森陶岳さんの窯元があります。そこには全長90メートルを超す巨大な登り窯の上屋がそびえていました。陶岳さんの10年を超えるプロジェクトで、完成すればもちろん古今東西最大です。2008年の火入れをめざし、すでに窯の三分の一ほどが出来あがっています。「陶芸人生のすべてをかけた挑戦です」。陶岳さんは、穏やかな口調ながら並々ならぬ闘志をみなぎらせています。
![]() ほぼ三分の一が出来た90メートル級の巨大窯(2004年5月、豊池勇さん撮影) |
![]() 上屋のサイドにはすでに薪の一部が用意されている(2004年5月、豊池勇さん撮影) |
![]() 上屋の上部から見た窯が築かれる予定地(2004年5月、豊池勇さん撮影) |
古備前の美を求め徹底探求
私が陶岳さんに会ったのは1997年10月になります。友人の朝日新聞備前通信局記者から「すごい陶芸家がいる。ぜひ会いに来てほしい」との誘いがあったためです。伊部の隣接地が邑久(おく)で、竹下夢二の生家がありました。不遜なことに夢二にも魅せられ、寒風訪問となったのでした。
174センチ、82キロの堂々とした体格で、見事に頭を丸めた風貌にはただならぬものを感じました。陶岳さんは宙を見ながら、土づくりのこと、ロクロを使わない成形のこと、これまでの試行錯誤のことなどをぽつぽつと語ったのでした。信念に満ちたその口調に人を引き寄せるものがありました。
その後、徳利や鉢や壷、水指など多様な造形を見せていただきました。中でも驚かされたのは1メートル以上の大きな甕(かめ)が10数点も並んでいましたが、これも手造りだったことです。私は、この重厚な人と作品を多くの人に知ってもらいたいと、展覧会企画に取り組むことを決意したのでした。
備前焼は、古代の須恵器に源流を持ち、中世6古窯の一つで、釉薬(ゆうやく)を使わずに1200度もの高温で焼き締めていく様式を貫いているのが大きな特徴です。土味を最大限に生かしてなお多彩な色合いを造り出す、やきものの原点というべき魅力がありました。
平安末期から鎌倉初期にかけて、この素朴な味わいが茶人の好むところとなり発展します。そして大窯が築かれ数々の名品が生み出され、室町末期から桃山、江戸初期にかけ繁栄しました。その後は、昭和初期まで低迷期が続きます。
黄金の桃山陶への回帰をめざしたのが金重陶陽でした。そして人間国宝となる藤原啓とその息子の藤原雄、山本陶秀らを輩出し、再び隆盛期を迎えます。イサム・ノグチや川喜田半泥子、加藤唐九郎が備前を訪れ作陶し、北大路魯山人をして「備前焼こそ料理を最高に生かすやきもの」と、言わしめたのでした。しかしその手段において、もっとも大がかりで、ひたむきだったのが陶岳さんでした。
![]() 1990年の窯焚きに取り組む森陶岳さん |
陶岳さんは1937年、室町時代から続く由緒ある備前焼窯元の家に生まれました。岡山大学教育学部特設美術科を卒業後、いったんは中学の美術教師になりますが、「やはり窯を焚いてみたい」との思いが日増しに強まったのでした。3年目に教職をやめ家に戻ります。「転身したのはやはり運命的だったのかもしれない」。25歳で作陶生活に入った当時を振り返っています。
無口でひたむきな人柄で、ストイックな姿勢は地道なやきものづくりに向いていたようです。川砂をまぜたり、象眼技法を採り入れたりして、独自の造形を生み出しました。アトリエをのぞいた私は、ロクロが無いのに首をかしげました。人が何人も入れる大きな甕から小さなぐいのみにいたるまで、粘土をドーナツ状に積み上げていく手間のかかる方法でした。
試行錯誤の末「神秘なる技」
地道な創作活動が着実に実を結びます。1963年、第10回日本伝統工芸展で「備前大窯」が初入選します。日本陶磁協会賞を受賞したのは32歳の時です。次第に陶芸界に頭角を現し、「備前に奇才あり」と言われるようになりました。作品は国立美術館にも買い上げられ、展覧会への招待出品も相次ぎました。
しかし作れば作るほど、陶岳さんは自分の作品に満足できなくなります。「400年も前に作られた古備前の存在感や、秘められたエネルギーをどうすれば現代によみがえらせることができるのか……」。陶岳さんは室町、桃山時代の古備前と比べて、自分の作品が焼き締めの点で見劣りすると悩んだのでした。
その答えは、昔と同じような土づくり、成形、そして何より大窯で焚くしかない、という結論に達しました。昔の窯の姿を求め、備前市の古窯跡発掘調査に加わり、その仕組みの解明に努めました。ほぼ17度の山の斜面を活用した半地下式の50メートル級の巨大窯であったことが分かりました。窯跡に残っていた破片から、水をため穀物を蓄えるために作られた大甕や、すり鉢、壷(つぼ)などを作っていました。さらに文献なども調べ古備前の輪郭を解明したのでした。
1980年、兵庫県相生市に築いた全長46メートルの大窯で初の窯たきをしました。ここは土づくりから成形方法、窯詰め、窯焚き、焼成時間など一つ一つの工程をテストする実験炉ともいえました。しかし結果は思わしくなかったです。1985年以降は、備前須恵器の発祥の地、寒風に室町様式で半地下直炎式の全長53メートルの大窯を築き、ほぼ4年おきに焼成を繰り返しました。
通算4回目の窯たきとなった1999年は、この大窯での最後の仕事でした。火入れの神事には私も出席しましたが、24時間三交替で延べ600人が64日間にわたって、薪を投げ込む炎との闘いを繰り広げました。
備前焼の土は耐火度が弱く、急激な温度変化を受けると破損しやすいため、窯焚きには、念入りに時間をかけ、少しずつ薪を増やしながら温度を上げていく技法を採りました。無釉、高温、長時間の焼成といった特徴から窯変(ようへん)が生まれます。陶岳さんのいう「神秘なる技」なのです。
ゴマをまぶしたような斑点状のものを「胡麻」と呼び、また火の勢いが強く、灰が溶けて流れたものを「玉だれ」、器どうしがくっついた部分が赤く染まる「牡丹餅」などといい、格別な味わいを見せます。どれ一つとして同じものはありません。窯出しの日、陶岳さんの顔は神妙そのものでした。深みのある絶妙の窯変に「予想を超える色合いだ」とつぶやき、めったに笑わない顔がほころんだのでした。試行錯誤の末、やっと満足のいく結果でした。
4石(約720リットル)の大甕は、窯の中で大量の灰をかぶり、それが溶けて釉薬をかけたような「胡麻」がくっきり浮き出ていました。一部は流れ出して見事な「玉だれ」でした。鉄分の多い土を表面に塗り込んで焼かれた花入れや徳利は全体に黒っぽく焼き上がり、青白い灰釉が転々とふりかかっていました。
![]() 備前広口砂壷 (1969年) |
![]() つるくび花入 (1994年) |
![]() 三石甕 (1994年) |
「真の芸術家には魔物が…」
私が企画した展覧会「古備前を超えて 森陶岳」(朝日新聞社主催)には、大窯で焼かれた新作17点のほか、初期から約40年間の代表作101点が展示されました。展覧会は1999年9月の東京を皮切りに、約7カ月にわたって大阪、京都、広島、奈良を巡回し、5会場合わせて5万人を超す観客を集めました。
展覧会のタイトルは、監修していただいた乾由明・前金沢美術工芸大学学長が名付けました。乾さんは陶岳さんの作品を30年も前から見ており、展覧会開催にあたって、大窯のある寒風にも何度か足を運んでおられました。1999年5月、53メートルの大窯から窯出しされた存在感のある作品にふれ、「古備前を超えて、まったく新しい美の世界を示している」と感嘆されたからです。
乾さんは展覧会終了後、「真の芸術家には魔物がすみついている。心の奥底に狂気を持っているものだ。陶岳さんはそういう一人だ」と印象を語っていました。前人未踏の巨大窯は、極限との闘いなのです。乾さんの言う通り、魔物がすみついているのではと思えます。その限りない仕事への挑戦は人間業ではありません。
全長90メートル、幅6メートルにおよぶ巨大登り窯の火入れには延べ900人を動員し、窯焚きに3カ月、10トントラックで400台分の薪を使うそうです。その窯の中には大小合わせ数千の作品が入るといいます。陶岳さんならではの雄大なスケールです。
見かけや形の美しさにとらわれず、やきもの本質に迫ろうとする自己革新を続けています。こうした長年の足跡に対し、日本陶磁協会から2002年に金賞が贈られました。展覧会終了後も私は毎年、寒風を訪ねています。21世紀の世界に通用する古備前の真の姿を求める陶岳さんの果てしない挑戦を見続けたいからです。
次回は「問われる美術教育」です。
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| 「文化」は生きる「力」だ! 発売日:2003年11月19日 定価:本体1400円+税 発行:三五館 内容:50歳を前にして企画マンを命じられた新聞人が、10年間で体感し発見した、本当の「文化」のかたち平山郁夫画伯らの文化財保護活動など幅広い「文化」のテーマを綴る。 |
夢しごと 三蔵法師を伝えて 発売日:2000年12月21日 定価:本体1,800円+税 発行:東方出版 内容:玄奘三蔵の心を21世紀へ伝えたいという一心で企画した展覧会。構想から閉幕に至るまで、筆者の「夢しごと」をつづったルポルタージュ。 |
夢をつむぐ人々 発売日:2002年7月5日 定価:本体1,500円+税 発行:東方出版 内容:新藤兼人、中野美代子、平山郁夫など、筆者が仕事を通じて出会った「よき人」たちの生き方、エピソードから、ともにつむいだ夢を振り返るエッセイ集。 |