シルクロードの言葉から何を連想するでしょう。行けども果てしない大地であり、遥かな山々や草原であり、沙漠の中に拓かれたオアシスであるかもしれません。アレクサンドロス大王やチンギスハーンが勇躍し、幾度となく興亡の歴史を刻んできたシルクロードは、東西交流のかけ橋として豊かな文化を生み出したのでした。その遺産は悠久の美を今に伝えています。そんなシルクロードをテーマにした財団法人「平山郁夫シルクロード美術館」が7月18日から山梨県北巨摩郡長坂町にオープンしました。日本画家の平山郁夫さんの絵画だけでなく膨大な収集品の一部を展示しています。
![]() 山梨県長坂町にオープンした「平山郁夫シルクロード美術館」 |
平山絵画と収集品で構成展示
財団法人では、平山画伯ご夫妻が長年かかって収集したシルクロード古美術品約9000点の寄贈を受け、今後随時公開することになったのです。鎌倉にある収蔵庫が手狭であったこともあり、かねてからその行方が注目されていました。親族ゆかりの地であった長坂町内に一時保管していたことから、美術館の開設につながったようです。日本文化も、壮大なユーラシア大陸につながるシルクロードの一環という視点からとらえれば、富士山を望める八ヶ岳南麓も格好の立地だったかもしれません。
![]() 河合文化庁長官やジャリージ・ギメ国立東洋美術館長らを迎え テープカットする平山ご夫妻(中央) |
開会式には河合隼雄文化庁長官のほか、離任前の武大偉中国大使、友人でもあるフランス・ギメ国立東洋美術館のジャンフランシス・ジャリージュ館長夫妻もかけつけていました。式典後、定番のレセプションの代わりに雅楽師、東儀秀樹さんの演奏がありました。シルクロードを連想する曲を聞いた後、じっくり「平山郁夫の絵画とシルクロードの遺産」展の110点を鑑賞することができました。
今回の主な展示は、絵画では「三聖人 平和の祈り」(2002年)が圧巻でした。薬師寺の「大唐西域壁画」が完成後に描き出したものです。制作中にアフガニスタンのバーミヤン大石仏の破壊やアメリカの同時多発テロがありました。構図は一神教であるキリスト教やイスラム教に対し、融和の精神で呼びかける仏教の聖人の祈りを表現しています。
![]() 「三聖人 平和の祈り」を前に懇談する平山画伯 |
さらにバーミヤン大石仏(1997年)、楼蘭遺跡(1986年)、敦煌莫高窟(1994年)、アンコールワットの遺跡(年代不明)、パルミラの遺跡(年代不明)などのシルクロードを描いた作品のほか、平成洛中洛外図(2003年)、山梨富士(2004年)など多彩な作品が並んでいました。
コレクションでは、「弥勒菩薩交脚像」(2‐3世紀)はガンダーラの菩薩像としては類例が少ないといわれています。騎馬民族の王侯の座り方といわれていますが、菩薩の頭頂で結ばれた髪はギリシア風です。仏教における守護神の四天王を思わせる「天王俑」(8世紀)は兜をかぶり鎧をまとい、右手で蛇を捕らえ、鬼を踏みつける勇壮な姿で造形的にも興味を引きました。このほかアレクサンドロスV世の銀貨など数多くのコインが展示されていました。
![]() 「弥勒菩薩交脚像」(パキスタン、2‐3世紀) |
進路を決めた「仏教伝来」
シルクロードは西のローマから東の西安や洛陽にいたる広大なアジアを横断する古代通商路で、中国から絹が運ばれ、この名に由来しますが、西からも宝石や玉、織物など様々なものが行き来したのです。そしてイスラム教も、インドからの仏教もこの道を通じ伝わったのでした。平山画伯は1959年の第44回院展に「仏教伝来」を出品しました。これが出世作となり、それ以後、シルクロードへの旅は200回近くになるといいます。
「仏教伝来」は、中国唐代の僧・玄奘三蔵が17年の歳月をかけ天竺(インド)から経典を求めての帰途、オアシスにたどりついた場面を描いています。この頃、平山画伯は広島での原爆後遺症で体調を崩し、画家としての前途に不安を感じていました。それだけに自らの進路を切り拓くことができたのは、釈尊の導きと自覚しライフワークになったのでした。
平山画伯はシルクロードの旅に画題を求めるにとどまらず、敦煌をはじめアフガニスタン、イラク、北朝鮮などの危機に瀕した文化遺産に目を向け、文化財の保存に使命感を抱くようになります。ユネスコ親善大使などをつとめ、行動する画家として世界的に活躍をしています。
平山コレクションの始まりは、パキスタンのぺシャワールで買ったお土産でした。「平山郁夫シルクロード美術館」の館長である夫人の美知子さんによると「ガイドの案内で、一軒の骨董屋に連れて行かれ、お茶など振舞われ、何か買わないと出られそうにない雰囲気になりました。そこで床に転がっていた小さな仏像の首を10ドルで求めました。数年後、学者の方に見ていただくと本物でした。このことが収集のきっかけになりました」と述懐しています。
以来、平山ご夫妻が30有余年にわたって収集したコレクションは先史時代からイスラム時代のシルクロード全域におよび、約1万2000点といわれています。こうした古美術品は現地では買えるものではなく、世界の骨董商が次々と持ち込んできたものです。もちろん夫妻の美意識から選んだものもありますが、次第に文化遺産、歴史、学術資料との観点から選別されているのが特徴です。
ガンダーラの仏教彫刻では、仏陀や菩薩の単独像よりも、釈迦牟尼の伝記を表した「仏伝浮彫り」を数多く所蔵しています。「仏伝浮彫り」は在野信者のための絵解きのために創られており、美的には優れていないものの、学術的価値が高いとされています。
またコレクションの目玉になっているのが、コインです。希少価値のあるクシャン朝カニシカT世時代の金貨(裏面に風神アネモス・ウァドーを刻印)や、図像の彫刻技術の優れているグレコ・バクトリア王国の4ドラクマ銀貨なども入手しています。これらの収蔵品は随時、美術館で展示されることになっています。
![]() 「奉献塔」(パキスタン、2‐3世紀) |
文化遺産が伝える21世紀の指針
私は1999年に奈良、山口両県立、東京都の3美術館で「西遊記のシルクロード 三蔵法師の道」展を企画し開催しました。三蔵法師の生きた時代や、シルクロードによって日本に伝わった異文化交流の実情や仏教文化の変遷、さらに『西遊記』への波及などをたどる作品で構成しました。構想から出品物の概要が決まるまで1年10カ月も要しましたが、この特別展の顧問を引き受けていただいたのが平山画伯でした。
インドをはじめ6カ国から文化財を借用し、日本からは寺社に伝わる仏教美術品を展示しましたが、この時、平山コレクションから3点借り受けた思い出があります。鎌倉のご自宅に隣接して、シルクロード研究所を併設しており、蔵のような建物いっぱいに所蔵品が管理されていました。美知子夫人の立ち会いで、仏頭(3−4世紀)やストゥ−パ形舎利容器(2−3世紀)、王侯供養者像(4−5世紀)の3点を借りました。
21世紀こそ戦争から平和の世紀にと期待されたのですが、アフガンに続きイラク戦争によって、イスラム教と米英を軸とするキリスト教世界の対立は、「文明の衝突」とさえいわれ、ぬきさしならない情勢です。人間の歴史は、近代文明が進んだとはいえ、平和の視点からはまったく進歩したとはいえません。
新しい世紀、私たち一人一人が世界の中でどう生きたらいいのかが問い直されています。そして国際社会への日本の役割が求められています。この歴史の転換期にあたって、シルクロード文化に思いを馳せ、国益を超えた地球市民の時代を生きていることを認識してみてはいかがでしょうか。平山絵画とコレクションが満喫できるユニークなシルクロード美術館を訪ねてみるのも、指針を探る旅になるかもしれるかもしれません。
![]() 入口にガンダーラ仏が置かれた展示室 |
次回は「韓国の博物館を訪ねて」です。
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| 「文化」は生きる「力」だ! 発売日:2003年11月19日 定価:本体1400円+税 発行:三五館 内容:50歳を前にして企画マンを命じられた新聞人が、10年間で体感し発見した、本当の「文化」のかたち平山郁夫画伯らの文化財保護活動など幅広い「文化」のテーマを綴る。 |
夢しごと 三蔵法師を伝えて 発売日:2000年12月21日 定価:本体1,800円+税 発行:東方出版 内容:玄奘三蔵の心を21世紀へ伝えたいという一心で企画した展覧会。構想から閉幕に至るまで、筆者の「夢しごと」をつづったルポルタージュ。 |
夢をつむぐ人々 発売日:2002年7月5日 定価:本体1,500円+税 発行:東方出版 内容:新藤兼人、中野美代子、平山郁夫など、筆者が仕事を通じて出会った「よき人」たちの生き方、エピソードから、ともにつむいだ夢を振り返るエッセイ集。 |