第26回 国立国際美術館が新装開館

大阪の中之島にオープンした国立国際美術館

「美術館、冬の時代」と言われる中、またまた巨大美術館がオープンしました。正確には大阪万博の会場跡地にあった国立国際美術館が、都心部から離れた吹田から大阪のど真ん中の中之島に移転し、文化の日の3日から新装開館したのです。ピカソと並び20世紀美術を代表するフランスの作家マルセル・デュシャン(1887−1968)の多彩な活動の足跡を振り返る特別企画展「マルセル・デュシャンと20世紀美術」が始まっていますが、その内容とともに、「美術館と地域」についても考えてみました。

ピカソと並ぶ巨匠デュシャン

新しい美術館は、世界的に珍しい完全地下型の設計です。地下3階までに展示スペースやフレンチ・レストラン、ショップを備え、地上には竹をかたどったスチール製の巨大なオブジェがそそりたつだけのモダンな外観です。心配な防水対策を完備しており、この方が耐震性に優れているといいます。

さてデュシャン展の方は、一般開館に先駆け内覧会に駆けつけました。日本では約20年ぶりの大規模な回顧展だけに、500人以上もの招待客が押しかけていました。これでは十分な鑑賞とはならず、後日じっくり見直したほどです。


オープンセレモニーで挨拶をする国立国際美術館の宮島久雄館長

デュシャン「泉」(1917/1964 京都国立近代美術館蔵)

デュシャン「階段を降りる裸体 No,2」(1937 高松市美術館蔵)

デュシャン「L.H.O.O.Q」(1919/1964 国立国際美術館蔵)

レセプションで挨拶した遺族は「デュシャンは単純な一人の人間でした。ただ仕事に関しては、孤独でした。彼は自分の自由を尊重し、生きることは、変化することでした」と話していたのが印象的でした。

デュシャンは、ピカソほど知られていませんが、15歳の頃から絵を描き始め、短期間で印象派からキュビスムまでの技法を習得しています。1913年に「階段を降りる裸体bQ」をアメリカで発表し、一躍時代の寵児となります。

以来、男性用小便器に署名をした「泉」、「モナ・リザ」の複製図版にひげを書き込んだ「L.H.O.O.Q」など、オリジナリティや「芸術」という概念すらを疑い、伝統的美術へ挑戦するかのような作品を発表し続けました。

その業績は、その作品を通じダダイズムの先駆的存在として20世紀芸術に大きな影響を与えました。「現代美術の父」「ダダイズムの巨匠」と呼ばれる由縁です。

展覧会では第1部ではデュシャンの代表作約70点を展示し、その創造の軌跡をたどっていました。また第2部はデュシャンに触発された20世紀の国内外のアーチストたちによる作品約80点を紹介し、彼の現代美術への影響をとらえています。

代表作の「階段を降りる裸体 No.2」は出品時、観客からは徹底的な非難にさらされたそうだが、作品は難解です。一筋縄では理解しずらいものの、その表現は多様で、エスプリと神秘性を漂わせていました。やがてデュシャンは絵画と決別していきます。

日本の芸術家に多大な影響

「彼女の独身者達によって裸にされた花嫁、さえも」は、高さ約270センチのガラスと、絵の具で色をつけた鉛の針金や箔などからなり、通称「大ガラス」とよばれる問題作。見る者を異次元の世界へと誘います。

後期の代表作であるこの「大ガラス」の制作には10年という年月を費やしたにもかかわらず、未完のままに放棄してしまう。その後、運搬中に大部分が破損してしまい、それを自ら修復した結果、今日見られる「大ガラス」には無数のひびが入っています。

一方、デュシャンは「大ガラス」を投げ出しころから、チェスの研究に没頭するなど不可解な日々を過ごします。かと思うと1934年には、長い標題と同じ名前の緑の箱を、作品として発表します。「大ガラス」関連の資料やメモ類を入れた通称「グリーンボックス」です。

「大ガラス」は視覚的に表現した作品とするなら、「グリーンボックス」は言語的に表現したともいえます。また多くのレディ・メイド作品も手がけています。既製の工業製品である便器に偽名で署名した「泉」は、下品ということで出品拒否されたのでした。

ともかくデュシャンの作品は謎めいた物が多く、お世辞にも観る者を楽しませてくれるもの物とは言えません。デュシャン自身の言葉を借りれば、それは精神及び思考の転写ともいえるものなのです。

だからこそ、私たちの目には難解で、神秘的な作品として映るのです。またデュシャンは、芸術作品の制作においては、芸術家と等しく観客もその一端を担うという考えを持っていました。彼の作品は、私たちに「考える」という行為を強要しているように思われます。

デュシャンは常に革新的であり続けようとした芸術家でもありました。一つの様式に満足し、それにこだわるということがありませんでした。手に入れた様式をいとも簡単に捨て去り、終いには絵筆さえ捨ててしまう始末だったのです。その結果生み出された作品が、「裸体」であり、「泉」であり、「大ガラス」でした。


「グリーンボックス」(手前)など展示品を鑑賞する観客たち

デュシャンは、20世紀の生んだ偉大な芸術家であることは、現在では定評となりました。ダダ・シュルレアリスムは、それまでの芸術における美意識や価値をことごとく破壊することから始まった、一種のニヒリズムでした。

それは美術の歴史における一つの流派という枠組には収まらず、文学なども含めた、包括的な精神の流れにまで成長しました。デュシャン自身は、ダダイストでも、シュルレアリストでもありませんでしたが、その運動の先駆者であり、体現者でした。

死後も、アンディ・ウォーホルやリチャード・ハミルトンら数多くの芸術家を刺激し続けているのです。第2部の展示は、何らかの形でデュシャンの作品や言動から何かを引き出し、新たな作品を展開したかを見ることができ、興味深いものでした。

日本では関西在住の森村泰昌が「たぶらかし」シリーズを、早い時期からデュシャンに関心を持った横尾忠則の作品「あなたは善意の人ですか?」には、デュシャンの横顔や遺作などがカット・アップの手法で描かれています。このほか荒川修作、藤本由紀夫、菊畑茂久馬らの作品も展示されています。

なお、展覧会は12月19日まで開催後、来年1月5日から3月21日には、横浜美術館に巡回します。デュシャン芸術表現に挑戦してみて下さい。ピカソとは異なった巨匠の世界があります。

地域や美術界との連携に期待

ところで、デュシャン展もさることながら、国立国際美術館が都心部の文化ゾーンに中核施設として移転したことに注目したいと思います。中之島一帯にはすでに大阪市立東洋陶磁美術館や大阪市立科学館があり、さらに大阪市立近代美術館の新設も構想されています。こうした動きは、単に一つの巨大美術館が誕生したにとどまらない地域や美術界とのつながりが期待されます。

その一環として、美術館周辺の70画廊が参加して「中之島アートフェスティバル」が企画されました。美術館の呼びかけに応じた画廊がガイドブックを作成し、歩いて散策し各画廊の展覧会も見てもらおうとの試みです。その成果を今後に生かしていけば、新たな文化活動の掘り起こしになると思います。

ひと足早く、10月9日にオープンした金沢21世紀美術館にも足を運んでみました。この美術館も現代美術をテーマにしていて、やはり街の中心部にあるのが共通しています。「普段着で行ける美術館」をめざしているそうですが、私が訪ねたのは週日ですが、学生や主婦らの観客も多く、その意図が生かされているように見受けました。

丸い建築設計になっていて、入口が各方面にあり、実に開放的でした。ここの展示にもデュシャンの作品「トランクの中の箱」(滋賀県立近代美術館蔵)が展示されていました。

今後も2006年に、東京の六本木に「国立新美術館」がオープンします。ここは展示スペースが1400平方メートルもあり、特別企画展が3−4を同時に開催できるといいます。その前の2005年秋には福岡の太宰府に九州初の国立博物館が誕生します。大型の文化施設が増えるのはいいが、国民の税金でまかなわれるだけに、その運営の真価が問われるところです。

次回は「挑戦する知人アーティスト」です。


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しらとり・まさお
朝日新聞社前企画委員。1944年、愛媛県新居浜市生まれ。中央大学法学部卒業後、日刊工業新聞社編集局を経て、1970年に朝日新聞社編集局に入社。広島、和歌山両支局で記者をした後、大阪本社整理部員。1989年に鳥取支局長、1991年に金沢支局長、1993年に大阪企画部次長に転じ、1996年から2004年まで企画委員を務める。編著書に『夢をつむぐ人々』『夢しごと 三蔵法師を伝えて』『日本海の夕陽』(いずれも東方出版)、図録『山本容子の美術遊園地』『西遊記のシルクロード 三蔵法師の道』『ヒロシマ 21世紀へのメッセージ』(いずれも朝日新聞社)、『鳥取砂丘』『鳥取建築ノート』(いずれも富士出版)などがある。

「文化」は生きる「力」だ!
発売日:2003年11月19日
定価:本体1400円+税
発行:三五館
内容:50歳を前にして企画マンを命じられた新聞人が、10年間で体感し発見した、本当の「文化」のかたち平山郁夫画伯らの文化財保護活動など幅広い「文化」のテーマを綴る。
夢しごと 三蔵法師を伝えて
発売日:2000年12月21日
定価:本体1,800円+税
発行:東方出版
内容:玄奘三蔵の心を21世紀へ伝えたいという一心で企画した展覧会。構想から閉幕に至るまで、筆者の「夢しごと」をつづったルポルタージュ。
夢をつむぐ人々
発売日:2002年7月5日
定価:本体1,500円+税
発行:東方出版
内容:新藤兼人、中野美代子、平山郁夫など、筆者が仕事を通じて出会った「よき人」たちの生き方、エピソードから、ともにつむいだ夢を振り返るエッセイ集。

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