バーミヤーン遺跡の保存修復に向けた国際会議が12月下旬、東京で開催され、その活動を紹介する「世界遺産バーミヤーン遺跡を守る 現場からのメッセージ」(独立行政法人・東京文化財研究所主催)と題した公開シンポジウムが有楽町朝日ホールでありました。シンポの中核的な役割を担っています前田耕作・アフガニスタン文化研究所所長(和光大学名誉教授)からのお誘いがあり、急きょ出席させていただきました。2001年3月に大仏や壁画などがテロによって破壊されたバーミヤーン遺跡のその後について緊急報告します。
大仏の破壊後に世界遺産登録
![]() 破壊された38メートルの東大仏(『流出文化財を守れ』図録から) |
![]() 平山郁夫さんが描いた破壊前の大石仏(『流出文化財を守れ』図録から) |
![]() 出土した仏陀頭部など(『アフガニスタン悠久の歴史展』図録から) |
バーミヤーン遺跡はアフガニスタンの首都カブールから北西に240キロに位置する遺跡群です。バーミヤーンの地は中央アジアの砂漠のオアシスとして古代から知られていますが、高度は約2500メートルで、冬には積雪もあり気温日較差30度の地でもあります。
オアシスに聳え立つヒンドゥー・クシュ山脈を削り込んでつくられたバーミヤーン遺跡は、摩崖には無数の僧房窟や坐仏窟が穿たれており、東西大仏立像はじめ坐仏像、仏堂をはじめ、壁画、天井画、修行僧たちの暮らした僧窟を構成されていました。
仏龕の天井や側壁に描かれた図像は、西はイラン・ササン朝の文化、東はインド・グプタ朝美術、南北は中央アジアの遊牧民の文化の影響をうけ、その流れは、中国を通じて遠く日本にまで波及したのでした。
歴史的にも、古代から東西文明交易路の要衝の地であり、アレクサンダー大王やチンギスハーンが勇躍し、玄奘三蔵が7世紀、天竺(インド)への取経の旅で立ち寄ったことが、『大唐西域記』の中に明記されています。こうした歴史的な背景もあって世界的な仏教の文化遺産として注目されてきました。
私は朝日新聞社の創刊120周年記念企画の一環として、1997年から99年にかけて玄奘三蔵の歩いた道をたどる調査を実施しました。しかし当時、アフガニスタンは内戦状態で、国境のパキスタンのカイバル峠から遥かなバーミヤーンに思いを馳せたことがあります。
仏教伝播西端の地として創建当時の豊かな文明交流の証を数多く残している貴重な文化遺産で、フランスやドイツ、日本からも学術調査が行われてきましたが、1979年からは中断されていました。
ところが2001年3月、イスラム原理主義勢力タリバーンによって東西2体の巨大仏など遺跡の大半が破壊されたのです。2003年7月、ユネスコの世界遺産に登録され、やっと本格的な復興プロジェクトが動き出したのです。
発掘で新たに刻まれる歴史
シンポに先立って開かれた国際会議で、ドイツの調査チームが、2体の大仏の築造が6世紀代の可能性が高いと報告したのでした。それによると両大仏の足元に残された複数の残骸の中に含まれるわらや木片などを採取し、放射性炭素年代測定法で分析したそうです。その結果、東大仏が507年前後12年、西大仏が551年前後15年という年代が読み取れ、東の後に西大仏が築造されたことが明らかにされました。
![]() バーミヤーン遺跡の歴史について熱弁する前田耕作・アフガニスタン文化研究所所長 |
それまでの築造年代は美術史的な様式から推定されていましたが、初めて科学的根拠に基づいて裏付けられたのでした。公開シンポで「バーミヤーン遺跡とその歴史」について講演した前田所長は「幾多の変遷を経て、なおも歴史が塗り替えられているのです」と、感慨深く語りかけました。
前田所長によりますと、仏像の生まれたガンダーラの衰退後、アフガニスタンのほぼ中央部にバーミヤーンの仏教文化が花開いたのです。東西2体の金色の大仏だけでなく1000にも及ぶ石窟とそれらを飾る華麗な壁画で飾られていたのです。文明の十字路の名にふさわしく複合的で独自の芸術を形作ってきたのでした。
シンポではまた、フランス調査団長デアルストラスブール大学のZ・タルズィー教授が、2002年から進めてきた発掘の成果を映像によって報告しました。この調査は東大仏の南東に位置するストゥパー(仏塔)や寺院そのものを含む「東寺院」跡から多くの彩色のある仏塑像の頭部を出土したのでした。
さらに『大唐西域記』に書き記されていながら、未だ存在の確認されていない涅槃仏についても言及されました。これまでの発掘で大きな基壇が見つかっており、その壁が南北3メートル、東西25メートルあれば台座として使われた可能性が高く、つま先が北を向き、かかとが南を向くように設置され、頭部は日が昇る東に向いていることになると予測していました。
![]() 国際会議を終え公開シンポで討議する講師ら |
![]() 3月5日の放映に備えNHKが録画 |
![]() 長時間シンポを熱心に聴く出席者ら |
また国際記念物保存会議[ICOMOS]のM・ペツェット会長が、今後の保存と復原について、興味ある問題を提起しました。観光事業のための遺跡利用で伝統的な技術を用い新たな仏像を造ったり、近未来的な音と光によるレーザー技術で大仏があったと記憶を喚起するなど、再建に関する様々な議論がありますが、唯一の方法以外の復原は許されないと強調されました。
これはアナスティローシスという保存概念で、現地に残っているバラバラになっている部材のみによって組み立てられるという考え方です。ドイツ外務省の資金援助で、崩落の危険のある岩盤が強化処理され、100トンを超える量の破片の保護が可能になったそうです。
しかしユネスコ親善大使でもあられる平山郁夫画伯は「原爆ドームと同様、人間の愚かな行為を後世に残す負の遺産として復原すべきでない」との意見です。
文化遺産復興へ日本の役割
バーミヤーン遺跡の保存には、日本も主導的な役割を担っており、現在も名古屋大学の調査が実施されていますが、新年から東京文化財研究所でも保存活動を継続し前田所長らが発掘に取り組むことになっています。
前田所長は、今後の復興に現地の参加が不可欠だと強調しています。「私たちの技術を現地に技術移転しながら、あるべきマスタープランを作成したい。できればミュージアムを完成し、新たな発掘物と、盗掘され海外に流出した文化財が
返還され展示されるのを望んでいます」と強調していました。
バーミヤーンの美術研究では、宮治昭・名古屋大学大学院文学研究科教授がいます。私の旧知で、1969年から数次にわたり現地調査をしており、その成果をまとめた記録を『バーミヤーン、遥かなり』(日本放送出版協会刊)に著わしました。
![]() ロビーではバーミヤーン遺跡の写真展も(シンポ会場はいずれも有楽町朝日ホール) |
その中で「バーミヤーンは仏教美術研究の出発点であります。その面白さは、大仏・石窟・壁画・塑像といった要素が一体となって壮大な世界を打ち立てている点、またギリシア、ローマ、イラン、インドといった多方面の美術伝統が融合し、しかも新しい中央アジア美術を形成している点にある」と、破壊で失われた仏教美術を悔やんでいたのを印象深く思い起こします。
一方、シンポに特別参加したナーセル・バーミヤーン市長の訴えも心に響きました。「私たちは貧しい暮らしで住む家もない多くの住民をかかえています。文化財復興への国際協力はありがたいのですが、そこに住む住民のことも忘れないでほしい」。現地では住宅が不足し、石窟に住む人に加え、海外に逃れた難民たちが戻っている現実があります。
私は2004年9月に中国・敦煌を再訪しました。「沙漠の美術館」といわれるだけあって、その塑像や壁画芸術のすばらしさに感動したものです。バーミヤーンは破壊されたとはいえ、未知の現地に立って、私自身の「現場からのメッセージ」をしたいものだと、切実な思いがこみ上げてきました。
次回は「私の出会った町の画家たち」
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| 「大人の旅」心得帖 発売日:2004年12月1日 定価:本体1,300円+税 発行:三五館 内容:「智が満ち、歓びの原動力となるそんな旅を考えませんか。」 高齢化社会のいま、生涯をかけてそれぞれの「旅」を探してほしい。世界各地の体験談に、中西進先生が序文を寄せている。 |
「文化」は生きる「力」だ! 発売日:2003年11月19日 定価:本体1400円+税 発行:三五館 内容:50歳を前にして企画マンを命じられた新聞人が、10年間で体感し発見した、本当の「文化」のかたちを探る。平山郁夫画伯らの文化財保存活動など幅広い「文化」のテーマを綴る。 |
夢をつむぐ人々 発売日:2002年7月5日 定価:本体1,500円+税 発行:東方出版 内容:新藤兼人、中野美代子、平山郁夫など、筆者が仕事を通じて出会った「よき人」たちの生き方、エピソードから、ともにつむいだ夢を振り返るエッセイ集。 |
夢しごと 三蔵法師を伝えて 発売日:2000年12月21日 定価:本体1,800円+税 発行:東方出版 内容:玄奘三蔵の心を21世紀へ伝えたいという一心で企画した展覧会。構想から閉幕に至るまで、筆者が取り組んだ「夢しごと」のルポルタージュ。 |