「中国国宝展」を開催中の大阪・中之島の国立国際美術館にこのほど現代イタリアを代表する彫刻家、チェッコ・ボナノッテの作品「対照」が寄贈されました。「日本におけるイタリア2001」の成功を記念し、日伊両国の友好がさらに深まるようにとの趣旨です。除幕式にはボナノッテ氏をはじめマリオ・ボーヴァ駐日イタリア大使、河合隼雄・文化庁長官らが出席しました。その模様を一人の画廊主・藤井公博さんが感慨深く見つめていたのでした。
ローマの画廊で宿命的な出会い
![]() ボナノッテの寄贈作品「対照」 |
![]() 作品寄贈による国立国際美術館での除幕式(2月14日、右から2人目が作者) |
![]() ボナノッテと談笑する右側は藤井公博さん(2001年東京。国際フォーラムで) |
今回寄贈された「対照」は、写真のように中央部に人物が立ち、その頭上を二羽の鳥が舞う構成です。人間と自然のよりよい調和を表現しています。1992年から93年にかけて制作されたブロンズ彫刻で、高さ2.85メートル、幅2.05メートルの大きさです。地下2階の常設展示場の奥まった所に展示されましたが、ヘンリー・ムア、ジャコモ・マンズー、八木一夫らの作品などに伍して配置されました。
除幕式で、ボナノッテ氏は「日本人の美意識に心打たれてきました。日本を代表する美術館に展示することができ夢がかないました」と話し、大阪弁で「おおきに」と結びました。藤井さんは約100回も数える来日を支えてきただけに「私にとっても念願でした」と、二人三脚の約30年間をしのんでいました。
藤井さんは、東京・銀座にヒロ画廊を1975年から設立しています。その前は大阪フォルム画廊に14年勤めていましたが、東京にも店を進出していた1971年にイタリアを旅していて、小さな画廊に足を止めたのです。「ローマの休日」で有名になったスペイン広場近くにあった画廊が、藤井さんにとって宿命的な出会いの場になったのでした。
そこで、ボナノッテの初めての個展が開かれていたのです。藤井さんが目にした作品は小さな彫刻でしたが、繊細でなぜか精神的深みが感じられたといいます。この時、ボナノッテは若干28歳でしたが、輝やくような才気を深く印象に留めたのでした。すっかり気に入った藤井さんは、画廊を通じ10点ほど仕入れました。
伝統あるイタリア芸術を受け継ぐ味わいに引かれ、その後も継続して彼の作品を買い付けていましたが、ローマの画廊が店じまいしてしまったのです。そこで藤井さんは1974年に直接ボナノッテのアトリエに出向いたのでした。
それから30年余、二人の交流が続くことになったのです。1942年生まれのボナノッテの3歳年上だった藤井さんにとって、同世代ということもあって、画商として単にビジネスだけでなく、人間的にも友情で結ばれたのでした。
日本への紹介に大きな橋渡し
私は藤井さんを知ったのは10年前の1995年9月の「浜田知明展」(朝日新聞社など主催)の打ち合わせでした。浜田は戦争に対する批判と鎮魂をテーマにし続ける美術家で、版画から彫刻へと表現世界を広げていました。藤井さんは、その浜田も売れない作家時代から支持していたのです。私はアーティストの陰で、作家を育てる画廊主の存在に注目したのです。
![]() チェッコ・ボナノッテ作「新しい扉」ブロンズ大扉 |
![]() ヴァチカン美術館正面入口大扉「新しい扉」の鍵の授与式 |
![]() 薬師寺境内に展示された「生命の劇場」 |
![]() 「生命の劇場」を前にボナノッテと握手する松久保秀胤長老。当時管主(2003年4月、薬師寺で) |
![]() 3月に開かれる新作展「segni - 痕跡 XIII」 |
ボナノッテはこうした藤井さんの期待に応え、次第に頭角を表したのです。作品も次第に大きくなり、ハワイの協会やイタリアでの病院や博物館の屋外展示作品を手がけます。個展もローマだけでなくウイーンやシカゴ、ソウル、トロントへと毎年のように開催されるようになります。
日本との関わりでは、1975年に沖縄海洋博物館に「飛翔―期待」がイタリアのパビリオンに展示されます。この作品は博覧会終了後に東京のイタリア大使館に設置されたのです。この年、大阪フォルム画廊が日本で初の個展を開きます。この後、ヒロ画廊を立ち上げた藤井さんは、次々と新作個展を企画し全国の画廊を巡回させたのでした。
藤井さんの橋渡しで大きなプロジェクトも実現しました。中でも1995年には、ボナノッテは息子とともに、佐賀県鳥栖市の中冨記念くすり博物館の建築設計に関わり、館内に多くの主題を凝縮させたブロンズ立体レリーフ「生命の種子」を完成させます。この博物館には多くの作品が収蔵されています。
また1997年から翌年にかけて「ボナノッテとミトリオ二人展」(読売新聞社など主催)が東京をはじめ富山、高松、福島、鳥栖の5会場を巡回します。ミトリオとはボナノッテ氏の夫人でマリア・アントニエッタ・デ・ミトリオのことで、金を主な素材とした宝飾彫刻家です。二人は異なった創作活動ながら、共に自然と人間への温かいまなざしが同じで、二つの個性が刺激しあい共鳴してきたのではないかと思われます。
画商に求められる先見性と熱意
ボナノッテの名を国際的に有名にしたのは、ローマ教皇ヨハネ・パウロU世から依頼され、大聖年2000年にヴァチカン美術館入り口の大きな扉「ポルタヌォーヴァ 新しい扉――期待」を制作したことです。ヴァチカン美術館には私も一昨年訪れましたが、システィーナ礼拝堂のミケランジェロの大作「最後の審判」に感動しました。この作品もクレメンスZ世により依頼されたとのことですが、そうしたすばらしい芸術を後世に伝える伝統に敬意を憶えます。
ボナノッテの作品の持つ精神性ゆえ、洋の東西を問わず、宗派を超え受容されるのでしょう。仏教の説く唯識思想と重ね、高く評価するのが法相宗大本山・薬師寺の松久保秀胤長老(前管主)です。2003年、大講堂落慶の慶讃献展として「生命の劇場」が展示されました。1995年から3年がかりで制作されたレリーフは高さこそ1.80メートルですが、幅は9.90メートルものスケールです。
青銅、真鍮、銅、アルミニウム、鉄、銀などの素材を駆使しての作品は迫力にあふれ、薬師寺の境内に特有な存在感を誇示していました。この作品にボナノッテは「私は試練の連続といえる人間の一生を一連のレリーフに象徴させました。私たちは生命の尊さを認識し、謙虚に反省し、生きとし生きるもの全てに対し、慈しみの心、愛のこころをもつことが肝要だと思います」とのメッセージを寄せています。
ヒロ画廊では7日から4月2日まで、創立30周年記念に新作ブロンズレリーフ30点を集めての「ボナノッテ展」を開催します。藤井さんは「彼の作品は単なる造形を超えて精神的な深みがあります。作品に魅せられたのがきっかけですが、より以上に人間的な面でも尊敬できたのが大きい」と振り返っています。私は藤井さんの先見性と熱意に感心し、画廊主としてのメガネの確かさに驚くのです。
第24回の「ゴッホの作品と人」で、画商であった弟は、ゴッホの生前にはその絵が売れず、「もっぱらすばらしい鑑賞者であった」と書きましたが、後世の評価を見れば、作家を育てたすばらしい画商であったといえるように思えました。
次回は「美術鑑賞を考える パート2」です。
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