第34回 美術鑑賞 戦後60年「無言館」展に光明

東京ステーションギャラリー1階入口に設置された「無言館 遺された絵画」展の看板

「無言館 遺された絵画」展の会場風景

赤レンガ壁面に展示された作品(上記3点の写真は、主催者からの提供です)

今回のテーマは第23回、第24回に続いて「美術鑑賞を考える」です。今後とも取り上げていかなければならない大きな主題だと思います。

この1ヵ月余、大阪で「中国国宝」「相国寺と金閣・銀閣の名宝」をはじめ、東京で「唐招提寺」「ミュシャ」、京都で「ルネ・ラリック」「古代エジプト文明」、徳島では「マン・レイ」など数々の展覧会を鑑賞してきました。それぞれに展示品が充実しており見ごたえがありました。

ただ新聞社の企画を担当していた私にとって残念なことがあります。それは今年が戦後60年の節目の年なのに、それをテーマにした展覧会が極めて少ないことです。ただ一つ、東京ステーションギャラリーで開催中の「無言館 遺された絵画」展(戦没画学生慰霊美術館「無言館」など主催、NHKきんきメディアプラン企画)に光明を感じました。

画家を夢に、戦地に消えた画学生

古びた1枚の絵画には、画面いっぱいにおばあさんの表情が描かれています。暗い色調ながら、家族を思うやさしい目、口は閉じていながら多くの教えを伝える口元、年輪を刻んだしわの一本、一本まで描き込まれています。

ばあやん、わしもいつかは戦争にゆかねばならん
そしたら、こうしてばあやんの絵もかけなくなる

この絵は終戦直前の1945年7月1日、フィリピン・レイテ島で戦死した蜂谷清さんの作品「祖母の像」です。このばあさんより早く22歳で命を落とした青年が精魂込めて画布に描く情景がしのばれます。


「祖母の像」
(「無言館 遺された絵画展」図録から)

「編みものする婦人」
(「無言館 遺された絵画展」図録から)

今でこそ戦争は遠い異国での出来事になってきましたが、ほんの60年前に日本で起こっていた現実なのです。展示されたこれらの作品は、志半ばで戦地に駆り出され、若い生命を奪われた一群の画学生たちが遺した絵画です。画家になることを一心に夢み、生きて帰って絵を描きたいと叫びながら死んでいった遺作には、生前の画学生や家族たちの言葉が添えられていました。

この絵は妹さんを描いた絵です。
二十五歳の若さで亡くなりましてねえ
それを戦地知った武さんは半狂乱のようだった……
 
 (興梠武さんの「編みものする婦人」より)

軍隊から帰ったらアトリエを建ててやると父は約束をしていた
 
 (大竹武雄さんの「菊」より)

戦争のために愛する祖国の美しい自然が
どんどん傷められてゆくのがとても悲しい
 
 (丸尾至さんの「風景・民家」より)

作品の完成度を超えた熱い思い

これらの展示作品は、長野県上田市にある戦没画学生慰霊美術館「無言館」に収蔵されながら未陳のものを中心に、一部それ以外の公立美術館収蔵作品や、現在も遺族が保管している戦没画学生の遺作です。合わせて58名の約130点の日本画・油彩・彫刻などの遺作と遺品資料で構成されています。


「菊」
(「無言館 遺された絵画展」図録から)

「風景・民家」
(「無言館 遺された絵画展」図録から)

「無言館」は、生前の画学生たちの青春の息吹を伝える遺品の数々を末永く保存し、今を生きる私たちの精神の糧にしてゆきたいという画家の野見山暁治さん(昭和18年東京美術学校卒、東京芸大名誉教授)の積年の願いから生まれました。

作家の故水上勉さんの子息で、「信濃デッサン館」の館主である窪島誠一郎さんが、野見山さんの意を受け、1997年に分館として開館させました。全国から3000余名にもおよぶ協力者の芳志があったといい、その活動に賛同する新たな戦没画学生の遺族らによる作品の寄託希望が相次ぎ、その数は600点を超えるまでになったそうです。絵を預けながら展示スペースの関係で未だ展示されていない遺作も数多くあり、今回の展覧会がいい機会になったようです。

あと五分、あと十分 この絵を描かせてくれ……
小生は生きて帰らねばなりません。絵をかくために……

こんな悲痛な言葉を遺し描かれた作品を見ていると胸が詰まります。作品の完成度は低くても、私たちに深い感動を与えます。「卒業をしたら戦地に引っ張り出される、まして戦地に行けば帰れないかもしれない、と分かっている。分かった上で、なおかつ絵を描く喜びに燃えていた」画学生のひたむきで初々しい情熱に溢れた気持ちが、平和な現代の私たちに切々と訴えてきます。

会場では、絵の前にたたずむお年寄りの姿を目にします。そっと目頭をおさえていられる方も見受けました。意外と大学生らしい若者も多く来ていました。現代人が忘れかけている「家族の絆」や「ふるさとへの郷愁」、「生きている喜び」など人間が本来的に持つ濃密な感情といったものを、作品は「無言」ながら、私たちの心に多く語りかけてくるのです。

陰を潜めた戦後節目の記念展

1993年、私が朝日新聞金沢支局長から大阪企画部次長に着任しました。ニュースを紙面化するこれまでの編集局の仕事とは様変わりでしたが、編集と連携できる企画を心がけました。戦後50年の節目の年が迫っており、私の記者としての任地でもあった「ヒロシマ」を主題に取り上げることにしました。


絹谷幸二「MAYUMI」
(「ヒロシマ―21世紀へのメッセージ展」図録から)

ヘンリー・ムーア「アトム・ピース」
(「ヒロシマ―21世紀へのメッセージ展」図録から)

世界で初めての広島への原爆投下は20世紀の忘れてはならない歴史の事実として、後世に語り継いでいかなければなりません。人類の記憶に留めておきたいとの願いからでした。「ヒロシマ」を主題にした企画の一つに、広島市現代美術館の収蔵品を中心とした展覧会を取り上げたのです。

広島現美では1989年の開館に際し、「ヒロシマ」をテーマにした作品を内外の作家68人に制作委託したのでした。人間の業や平和への祈り、再生への希望などを表現した絵画や彫刻の一大コレクションが所蔵できたのです。この「ヒロシマ」コレクションを中心に、戦争と平和を主題にしたそれ以外の作品や、被爆の実相を見せる朝日新聞の保存写真、広島平和原爆センター所蔵の市民たちが描いた絵も加え構成しました。

ヒロシマの心を21世紀にとの理念はいいのですが、会場探しには四苦八苦しました。暗くて理屈っぽい内容というイメージからか、デパートには見向きもされなかったのをよく憶えています。約50カ所に打診をして、どうにか「ヒロシマ―21世紀へのメッセージ」展は熊本、大阪、郡山、最後に広島で開催することができました。

戦後50年の1995年に朝日新聞社では、「ヒロシマ―21世紀へのメッセージ」展以外にも、「戦後文化の軌跡」「ヒットラーと退廃美術」といった展覧会も開催しました。それが戦後60年となると記念展はすっかり陰を潜めてしまいました。他の新聞社も同様です。美術鑑賞は「美」や「宝」だけを追い求めるものではありません。展覧会を企画する新聞社や美術館などの奮起を期待したいと思います。

なお「無言館 遺された絵画」展は、東京会場が21日までで、その後4月29日から5月29日まで福井県立美術館、その後も豊川地域文化広場桜ヶ丘ミュージアム、丹波市立植野記念美術館、京都文化博物館、尾道市立美術館を巡回します。

次回は「米寿 浜田知明の新作展」です。


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しらとり・まさお
朝日新聞社前企画委員。1944年、愛媛県新居浜市生まれ。中央大学法学部卒業後、日刊工業新聞社編集局を経て、1970年に朝日新聞社編集局に入社。広島、和歌山両支局で記者をした後、大阪本社整理部員。1989年に鳥取支局長、1991年に金沢支局長、1993年に大阪企画部次長に転じ、1996年から2004年まで企画委員を務める。編著書に『夢をつむぐ人々』『夢しごと 三蔵法師を伝えて』『日本海の夕陽』(いずれも東方出版)、図録『山本容子の美術遊園地』『西遊記のシルクロード 三蔵法師の道』『ヒロシマ 21世紀へのメッセージ』(いずれも朝日新聞社)、『鳥取砂丘』『鳥取建築ノート』(いずれも富士出版)、『「文化」を旅する』 『「文化」は生きる「力」だ』(いずれも三五館)などがある。

「大人の旅」心得帖
発売日:2004年12月1日
定価:本体1,300円+税
発行:三五館
内容:「智が満ち、歓びの原動力となるそんな旅を考えませんか。」
高齢化社会のいま、生涯をかけてそれぞれの「旅」を探してほしい。世界各地の体験談に、中西進先生が序文を寄せている。
「文化」は生きる「力」だ!
発売日:2003年11月19日
定価:本体1400円+税
発行:三五館
内容:50歳を前にして企画マンを命じられた新聞人が、10年間で体感し発見した、本当の「文化」のかたちを探る。平山郁夫画伯らの文化財保存活動など幅広い「文化」のテーマを綴る。
夢をつむぐ人々
発売日:2002年7月5日
定価:本体1,500円+税
発行:東方出版
内容:新藤兼人、中野美代子、平山郁夫など、筆者が仕事を通じて出会った「よき人」たちの生き方、エピソードから、ともにつむいだ夢を振り返るエッセイ集。
夢しごと 三蔵法師を伝えて
発売日:2000年12月21日
定価:本体1,800円+税
発行:東方出版
内容:玄奘三蔵の心を21世紀へ伝えたいという一心で企画した展覧会。構想から閉幕に至るまで、筆者が取り組んだ「夢しごと」のルポルタージュ。

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