第36回 中欧3ヶ国 美術館駆け回り記

プラハ市内のムハ美術館入り口

自作の前に座るミュシャ

オーストリアにチェコ、ハンガリーの中欧三国の世界遺産を訪ねる旅に3月末から4月初めにかけて出かけてきました。三国は人種も言語も異なりますが、歴史的にハプスブルグ帝国の領土をなした地域で、時代によっては共通の国王や皇帝が存在するなど深い結びつきを持っています。それぞれにすばらしい歴史都市としての景観を備え芸術の都でもありました。世界遺産を堪能する一方、プラハ、ウィーン、ブダペストでは美術館を駆け回ってきましたので報告します。

ミュシャの足跡に関心寄せて

中欧の旅はプラハからスタートしました。プラハの街は、あちこちに搭がそびえ「百搭の町」と称せられ、全市が世界遺産に指定されています。中でもプラハ城の城壁に囲まれた一帯には大統領公邸や旧王宮などの建物群がありますが、出色は聖ヴィート大聖堂です。1929年に完成した壮麗な教会は、約1000年にわたって改築を重ねたというだけあって、外観そのものが壮大な芸術品です。

この大聖堂のステンドグラス「聖キリルと聖メトディウス」がアルフォンス・ムハ(ミュシャ、1860−1930)の作品と聞いていただけに心踊るものがありました。ところがあいにくイースターのため入れず悔しい思いをしました。というのも3月初め東京都美術館で「ミュシャ展」(読売新聞社など主催)を見て関心を寄せていたからです。やむなく地図を片手にムハ美術館を訪ねました。シンプルな建物な上、看板もささやかで、注意しないと見逃すほどでした。

美術館は1998年開館まで遺族によって保管されていた作品や資料などが展示されているとのことで、さぞかし充実していると思いきや1階のフロアのみでした。それでも「時の流れ」などの代表作に見とれました。このリトグラフは東京でも見ていましたが、ミュシャの故国で作品に出会えるのは格別です。


代表作の「時の流れ」左から《朝の目覚め》、《昼の輝き》、《夕べの夢想》、《夜の安らぎ》

ミュシャは1895年、パリで一世を風靡した人気女優サラ・ベルナールの注文を受けて描いたポスターが脚光を浴び、一躍時代の寵児に躍り出たのでした。その後、次々とポスターやカレンダー、香水やワイン、リキュール、チョコレートなどの容器やラベルのデザインからジュエリー、アクセサリーまで手がけてアール・ヌーヴォーを代表する世界的な作家となったのです。


威容を誇るチェコ国立博物館

ウィーン美術史美術館の入り口

観客はソファに座ってゆっくり鑑賞

子供たちは床に寝そべって絵の説明を受ける光景も

ミュシャのポスターが特に女性の間で人気が高いのは、枠の中におさめるようなレイアウトと淡い色調にあることがうなずけます。私がここで興味を持ったのは初期の油彩や、ミュシャが使用した机、書簡などの資料でした。奥の部屋で生涯をドキュメント風に綴った英語版ビデオが流されていました。ミュシャはアール・ヌーボーの世界を開拓し、日本の多くのイラストレーターにも影響を与えました。しかしそうした名声を捨ててまで、壮大な夢に挑んだことを忘れてはなりません。

晩年の画家が、精魂傾けた大作は「スラブ叙事詩」という連作でした。ミュシャが1911年、天命のようにスラブ民族1000年に及ぶ栄光と苦難の歴史をモチーフに筆を起こしたのです。神々の情景から始まり、圧政に苦しむ人々を見つめ、理想を抱いて立ち上がる人々を描きました。20枚からなる叙事詩は、最後の一枚で画面の四隅にそれぞれの時代をとらえ、光に満ち溢れた画面中央にスラブ民族の輝ける未来を描きますが、画家の技巧を超えた、魂の叫びだったのです。

その作品は、1928年のチェコスロヴァキア共和国独立10周年に合わせるように完成しプラハ市の寄贈するものの、作品の長大さゆえ、長い間カンバスは巻かれたまま眠っていたのです。1968年になって生地近くのモラヴィア地方のクルムロフ城に恒久的展示されているのです。東京の展示ではいくつかの習作が出品されており、一度お目にかかりたいものですが、今回の旅では足を延ばせず断念しました。

ハプスブルグ家歴代の所蔵品

プラハでは新市街の大通りに鎮座する荘厳な国立博物館も鑑賞しました。ここでは考古学展示室を重点に見学しましたが、時間が足りませんでした。翌日は陸路、オーストリアとの国境近くにある世界遺産の町チェスキークルムロフに立ち寄ってウィーンに入りました。一夜明ければ、かねて待望のヨーロッパ屈指のウィーン美術史美術館です。

ウィーンは640年続いたハプスブルグ家支配の牙城です。音楽をはじめ中欧文化の集積地として栄えたのです。朝から女帝マリア・テレジアが過ごしたシェーンブルン宮殿や、グスタフ・クリムト(1862−1918)の「ソーニャ・クニブの肖像」のあるベルべデーレ宮殿などを見ました。中欧各国ではこうした宮殿に美術館があるのが特徴です。時代の役割を終えた華麗な建物は格好の美術館になるからでしょう。しかしハイライトは美術史美術館でした。


ピーテル・ブリューゲル「雪中の狩人(冬)」

ディエゴ・ベラスケス「青い服の王女マルガリータ」

カラヴァジョ 「ロザリオの聖母」

ムンカッチ・ミハーイの代表作

ハンガリー王立美術館の入り口

巨大な像のあるマリア・テレジア広場をはさんで相似形に建てられた自然史美術館と向かい合って美術史美術館があります。吹き抜けになった階段の間にはクリムトの壁画もありますが、3階まで歴代のハプスブルグ家が集めた世界の名画がぎっしり詰まっているのです。しかも各展示室にはゆったり鑑賞できるソファが備えられているのです。子供たちが床に寝そべって絵画の説明を受けていたり、特別許可があったのでしょうが、名画の模写をしている光景には驚かされました。

華麗な美術館、名画が目白押し

コレクションの中でも特筆すべきなのがピーテル・ブリューゲル(1525〜30−1569)の作品です。ヨハネス・フェルメール(1632−1675)と並んで現存作品数が極めて少ないのですが、父ブリューゲルが11点と、同名の息子の作品は3点(父のコピーを含む)で、全作品の4分の一がここにあります。「バベルの塔」をはじめ「農民の婚礼」「農民の踊り」「ベツレヘムの嬰児虐殺」などが居並び、身震いします。中でも「雪中の狩人」は、四季を描いた6枚連作の最後の一枚で最高傑作との評価があるだけに、見ごたえは十分でした。

フェルメールの「絵画芸術の寓意(アトリエの画家)」も忘れることは出来ない一品でしたが、ディエゴ・ベラスケス(1599−1660)の絵画室は圧巻でした。マルガリータ王女の肖像画が何点も並び、「青い衣のマルガリータ王女」には見とれました。かつてフェルメールやベラスケスの展覧会が日本で開かれた時には、人垣の中で見たのですから、こうしてじっくり名画を鑑賞できるのは至福といえます。

もう一人、印象に残った画家はミケランジェロ・メリジ(カラヴァジョ、1571−1610)です。カラヴァジョの作品は日本におけるイタリア年の2001年に東京で、そして昨年はフィレンツェのウフィツィ美術館でも見ていますが、暗い色調の中に憂いを秘めており、「ロザリオの聖母」に引き込まれました。ひざまずく信仰者らが聖者に許しを乞い、聖者は絵の中心線に立つ幼いキリストに許しを乞う構図で、深い思想性が感じられました。

このほかルーベンスやラファエロ、レンブラントなどの名作が目白押しで、あっという間の3時間半でした。やはり絵は実物を見なければその魅力はわからない、ということを実感したものです。

最後の訪問地はドナウの真珠と謳われるハンガリーのブダペストです。ドナウ川の西岸ブダに延びる細長い丘に、最初に王宮が建設されたのは13世紀ですが、トルコ軍に占領されたり、第二次世界大戦など幾多の興亡の歴史を経て、見事な世界遺産の景観を形づくってきたのです。英雄広場や聖イシュトバーン大聖堂を見た後、優雅なくさり橋を渡り、王宮の丘へ。ここでは有名なマーチャーシュ教会や漁夫の砦を散策して、お目当ての王宮ギャラリーへ赴きました。

王宮ギャラリーは1895年のハンガリー建国1000年を機に始められた中世から現代までの7万点の所蔵を誇っています。ただ2003年発行のパンフレットで600フォリント(日本円で350円)の入場料が1500フォリントに値上がりしていたのには閉口しました。他にビデオ撮影料が1200フォリント、カメラが800フォリントかかり、館内には多数の監視員がチケットを検分していました。

ここではウィーン美術史美術館の天井画を手がけていたハンガリーの国民的画家、ムンカーチ・ミハーイ(1844−1900)の作品を重点的に見ました。日本では、ハンガリーの近代絵画はあまりなじみがなく、今回初めて見るミハーイの作品でしたが、奥行きの深い風景画や優しい女性を題材にしたロマンティックな作品には味わいがありました。 

次回は「11号を数えた美術フォーラム21」です。


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しらとり・まさお
朝日新聞社前企画委員。1944年、愛媛県新居浜市生まれ。中央大学法学部卒業後、日刊工業新聞社編集局を経て、1970年に朝日新聞社編集局に入社。広島、和歌山両支局で記者をした後、大阪本社整理部員。1989年に鳥取支局長、1991年に金沢支局長、1993年に大阪企画部次長に転じ、1996年から2004年まで企画委員を務める。編著書に『夢をつむぐ人々』『夢しごと 三蔵法師を伝えて』『日本海の夕陽』(いずれも東方出版)、図録『山本容子の美術遊園地』『西遊記のシルクロード 三蔵法師の道』『ヒロシマ 21世紀へのメッセージ』(いずれも朝日新聞社)、『鳥取砂丘』『鳥取建築ノート』(いずれも富士出版)、『「文化」を旅する』 『「文化」は生きる「力」だ』(いずれも三五館)などがある。

「大人の旅」心得帖
発売日:2004年12月1日
定価:本体1,300円+税
発行:三五館
内容:「智が満ち、歓びの原動力となるそんな旅を考えませんか。」
高齢化社会のいま、生涯をかけてそれぞれの「旅」を探してほしい。世界各地の体験談に、中西進先生が序文を寄せている。
「文化」は生きる「力」だ!
発売日:2003年11月19日
定価:本体1400円+税
発行:三五館
内容:50歳を前にして企画マンを命じられた新聞人が、10年間で体感し発見した、本当の「文化」のかたちを探る。平山郁夫画伯らの文化財保存活動など幅広い「文化」のテーマを綴る。
夢をつむぐ人々
発売日:2002年7月5日
定価:本体1,500円+税
発行:東方出版
内容:新藤兼人、中野美代子、平山郁夫など、筆者が仕事を通じて出会った「よき人」たちの生き方、エピソードから、ともにつむいだ夢を振り返るエッセイ集。
夢しごと 三蔵法師を伝えて
発売日:2000年12月21日
定価:本体1,800円+税
発行:東方出版
内容:玄奘三蔵の心を21世紀へ伝えたいという一心で企画した展覧会。構想から閉幕に至るまで、筆者が取り組んだ「夢しごと」のルポルタージュ。

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