第38回 展覧会はこうして(3) 久保修切り絵展

アトリエで創作に取り組む久保修さん

昨年まで35年余の新聞社勤めのうち、展覧会企画の仕事を10数年担当してきました。その後、フリーになって最初の企画展「久保修 紙のジャポニスム」(朝日新聞社主催)が19日から5月末まで大阪の京阪百貨店守口店で開催されます。作家の久保修(くぼ・しゅう)さんとは10年来の知人ですが、やっと実現できたとの思いです。数いるアーティストの中で、しかも現役で活躍中の作家の個展が入場料をいただいての文化催事として開かれるのは極めて稀なことです。作家のたゆみない創作精神と、その作品を受け入れる会場があってのことで、展覧会を仕立てる企画マンにとっても幸運なことなのです。

スペインへの遊学が転機に

多種多様な展覧会が各所で開かれていますが、個人作家の名前を冠した展覧会の大半はピカソやゴッホ、平山郁夫や東山魁夷といった大家、もしくは安野光雅、いわさきちひろ、といった人気作家です。このことは第2回のエッセイに書き込んでいますが、無名だった田中一村をNHKが取り上げ一躍有名にした事例もあります。


朝日新聞の連載記事に載った挿絵

ふるさと切手に採用された隅田川花火と朝顔のデザイン

「切り絵」については、第18回で書いていますが、まだまだ歴史が浅いのです。これまで滝平二郎、宮田雅之さんらの展覧会が開催されています。まだ50歳代の久保さんにとっては初の全容展で、今後の活躍が期待されます。

久保さんは、実家が建築事務所をやっていたこともあって、若いころは建築家を目指し勉強したことがあったといいます。建築には、図面だけではなく建物のドローイングやパース(完成予想図)を描いたり模型を作ったりするので、紙を切ったり貼ったりする面白さを知ったそうです。そこに「切り絵」作家の原点があったのです。

次第に久保さんは、自分自身を表現できる世界を建築から絵に求めた、といいます。絵といっても「切り絵」の世界でした。毎日毎日、朝から晩までカッターナイフで紙を切る生活が始まったのです。「頭の中には紙を切って絵にする事しかありませんでした」と述懐しています。独学、独習で苦闘するものの、切り絵画家になろうと決めたのは24歳の時だそうです。

転機になったのは30歳を過ぎてからです。絵の勉強になればと、思い切って1年間、スペインに遊学したのです。スペインの開放感あふれる空気の中での生活は、見るものすべてが新鮮で、強いカルチャーショックを受けたといいます。

題材や描き方など日本で思い悩んでいたことがうそのように、自分が心で感じるままに突き進めばいいと確信でき、「気持ちがとてもラクになり、体の中で何かが動き始めた」と振り返っています。

それからいろんな国へ出かける機会も多くなり、海外の作品シリーズを発表するようになります。それぞれ固有の風土は、その土地に住む人が移ろいいくように、一定したものではありません。そこに「あざやかな美」と「感動(ときめき)」を発見し、「旅の作家」に変遷します。

「遊び心」が作品の郷愁や情趣に


白壁の町(南スペイン・アンダルシア)

私が久保さんの作品を初めて見たのは1993年、食の雑誌『あまから手帳』の表紙絵でした。リアルな写真や絵画による「おいしそう」という感じより、黒の線がシャープで、とても「美しい」表現に新鮮な感じを抱きました。その直後に確か大阪駅ビルの一室で、久保さんと出会い展示作品を見た記憶があります。

その頃、知人の主婦が「切り絵」を習っており、作品展に足を運んだり、その知人の先生で、「切り絵」の草分け的な存在でもあった加藤義明さんの展覧会などものぞき、私にとって新たな表現世界として興味を抱いていました。


金目鯛

久保さんは当時、西宮に在住し関西を拠点に活動していました。1995年の阪神・淡路大震災後に朝日新聞社の連載記事『あしたへ』に挿絵を連載し、各所で小さな個展などを展開していました。1998年には東方出版から『切り絵の食材』『但馬の四季』が刊行され、味わい深い作品に目を留めていました。

「私は、旅をしながら風土を題材に私自身のイメージを追及し、表現してきました」と強調していますが、旅は久保さんの創作の基調になります。日本各地をはじめポルトガル・スペイン・イタリア・フランス・モロッコ・中国・東南アジア・アメリカなどにスケッチ旅行をして人間の温かさや、その土地ならではの自然の美しさにじかに触れ、それをモチーフに作品を制作します。

こうした異文化の旅によって、東洋的感性の「切り絵」に豊かな色彩を与え、空間意識を拡大し、新鮮な表現世界をもたらせたのです。

もう一つ大きな要素は、「遊び心」です。人にとって、その時々の遊びがその後の人生を豊かにしてくれます。久保さんの作品には、遊びの中で、得たものを知らず知らずのうちに、作品の素材にしていることが多い、といいます。久保さんの作品が郷愁や情趣を誘うとしたら、その人の「遊び心」とどこかで時を共有しているからだと思われます。


アスパラ

こうした作家精神に加えて、素材の上で渋紙との出会いは決定的でした。細かい切り絵の作業で、その切れ味の良さです。思ったところでカッターの刃がぴたりと止まるのだそうです。京友禅の型紙で、模様を染める道具に新たな役割を与えたのです。渋紙を作る職人が減り気がかりだそうです。他の和紙とは比べようもなく強く、柿渋のこげ茶色が時とともに濃さを増し紙質が安定するので、「切り絵」にとって最高の紙だといいます。こうした創意工夫もあり、自己流ながら、久保さんは新境地を拓いたのです。

混合技法で立体オブジェも制作

久保さんの活動は広がり、現在の制作は東京のアトリエが中心となっています。1999年には隅田川花火と朝顔を描いた作品が郵政省のふるさと切手に採用され、さらに今年の年賀はがきのインクジェット紙光沢版のデザインにもつながりました。

近年、東京や大阪のデパートの美術画廊での個展をのぞいて驚きました。かつて素朴な風景や日常目にする素材の平面作品から多面的な作品が並んでいたからです。


ハス畑であそぶ

それが久保さん独自のミクストメディア(混合技法)で作る作品なのです。これは1枚の絵の中に様々な素材や技法を使って表現する方法です。具体的には、紙に絵の具・パステル・布・砂などを融合させることにより、従来の切り絵の既成概念を超えて豊かな色彩、空間意識を拡大させる作品です。

さらに「居住空間は自分を表現するキャンバス」というコンセプトから、紙だけでなくステンレス金属をレーザー光線で切り絵のように切ったランプシェードや立体オブジェも制作していたのです。

「いつの日か久保さんの展覧会を担当したい」と機会をうかがっていたのですが、「その時が来た」と直感しました。主要作品を収めた企画書を作成し昨年来、会場探しに着手しました。名古屋や博多のデパートからも関心を寄せられたのですが、今回は大阪会場の後、奈良・西大寺の近鉄百貨店で9月9日から14日まで巡回開催されることになったのです。


オアシス・ブハラ(中央アジア・ウズベキスタン)

今回の展覧会は、ここ数年、旅をしながら日本の美しい自然と光、風物詩を見直した「紙のジャポニスム」をテーマに、久保さんに影響を与えた南スペインの「白壁の町」はじめ、立体作品を含め、「切り絵」の枠を超えた現代の造形としての作品を追求する代表作132点を集めて、多様な「切り絵」の魅力に迫ります。

久保さんは「切り絵は私にとって、自分を表現する手段であり、人生そのものです。これからは自分が過ごすすべての時間と、そこで感じる心を大切にしながら、自分らしい人生を歩み、作品を作っていきたい。この展覧会を再出発のきっかけにしたい」と抱負を語っています。

次回は「ウズベキスタン写真展」です。


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しらとり・まさお
朝日新聞社前企画委員。1944年、愛媛県新居浜市生まれ。中央大学法学部卒業後、日刊工業新聞社編集局を経て、1970年に朝日新聞社編集局に入社。広島、和歌山両支局で記者をした後、大阪本社整理部員。1989年に鳥取支局長、1991年に金沢支局長、1993年に大阪企画部次長に転じ、1996年から2004年まで企画委員を務める。編著書に『夢をつむぐ人々』『夢しごと 三蔵法師を伝えて』『日本海の夕陽』(いずれも東方出版)、図録『山本容子の美術遊園地』『西遊記のシルクロード 三蔵法師の道』『ヒロシマ 21世紀へのメッセージ』(いずれも朝日新聞社)、『鳥取砂丘』『鳥取建築ノート』(いずれも富士出版)、『「文化」を旅する』 『「文化」は生きる「力」だ』(いずれも三五館)などがある。

「大人の旅」心得帖
発売日:2004年12月1日
定価:本体1,300円+税
発行:三五館
内容:「智が満ち、歓びの原動力となるそんな旅を考えませんか。」
高齢化社会のいま、生涯をかけてそれぞれの「旅」を探してほしい。世界各地の体験談に、中西進先生が序文を寄せている。
「文化」は生きる「力」だ!
発売日:2003年11月19日
定価:本体1400円+税
発行:三五館
内容:50歳を前にして企画マンを命じられた新聞人が、10年間で体感し発見した、本当の「文化」のかたちを探る。平山郁夫画伯らの文化財保存活動など幅広い「文化」のテーマを綴る。
夢をつむぐ人々
発売日:2002年7月5日
定価:本体1,500円+税
発行:東方出版
内容:新藤兼人、中野美代子、平山郁夫など、筆者が仕事を通じて出会った「よき人」たちの生き方、エピソードから、ともにつむいだ夢を振り返るエッセイ集。
夢しごと 三蔵法師を伝えて
発売日:2000年12月21日
定価:本体1,800円+税
発行:東方出版
内容:玄奘三蔵の心を21世紀へ伝えたいという一心で企画した展覧会。構想から閉幕に至るまで、筆者が取り組んだ「夢しごと」のルポルタージュ。

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