第41回 ゴッホ展と興福寺国宝展を見て

関西では二つの大型企画展が開催中です。空梅雨で蒸し暑い日が続いていますが、そんな鬱陶しさもしばし忘れさせてくれる見ごたえのある内容です。その一つが「ゴッホ展」で、今月18日まで大阪中之島の国立国際美術館で、もう一つの「興福寺国宝展」は10日まで大阪・天王寺公園の大阪市立美術館で開かれています。まったくジャンルの違った展覧会ですが、私にとっては感慨深い芸術品が展示されていますので取り上げさせていただきました。

ゴッホの作品に新たな視点


行列のできた「ゴッホ展」の内覧会(国立国際美術館で)

「黄色い家」

「種まく人」

「花魁」

フィンセント・ファン・ゴッホ(1853−1890)のことは、第24回の「ゴッホの作品と人」で詳しく紹介しています。わずか10年の間に画家生命を燃焼させたゴッホは、世界中で愛されてきた画家の一人であることは論をまたないでしょう。

それにしても日本でのゴッホ展は10回以上数え、関西でも2002年秋に兵庫県立美術館で催されており、「世界の名画をこんな頻度で日本に持ち込んでいいものか」とさえ感じてしまいます。

さて今回の「ゴッホ展」は、オランダのファン・ゴッホ美術館とクレラー=ミュラー美術館から30点の傑作と、ゴッホが影響を受けたり交流のあったミレー、セザンヌ、ゴーギャンらの作品約30点と、日本の浮世絵をはじめ宗教版画、書籍、写真などの資料約60点で構成されています。

前回の兵庫県美では、「兄フィンセントと弟テオの物語」のテーマで、画家の最大の理解者であった画商の兄弟愛にスポットをあてていました。翻訳本を通じ読んだことのあった手紙の現物も出品されていて、胸が熱くなったものでした。

今回は「不遇の天才」「狂気の人生」「孤高の画家」などと伝説的に語られてきたゴッホの人と作品を、時代的・文化的背景に目配りをして、その実像に迫ろうという試みです。展覧会はただ名品を並べればいいとはいえません。そのコンセプトが大切な要素です。

自ら命を絶ったゴッホは、短い生涯ながら2000もの作品を遺しています。オランダの2つの美術館には2000年夏に訪れたことがあり、主要作品を見ることができました。しかしその数に圧倒されて、見ることに疲れたのを覚えています。

今回の企画展では、「宗教から芸術へ」「農民の労働」「パリ」「アルル」といった切り口で、時代とともに変遷した作品を資料とともに紹介し、むしろ本場でより、作者の実像が理解できます。

印象に残った作品は、「黄色い家」です。青と黄色を基調としたこの作品は、芸術家のユートピアを夢見たゴッホの心象風景を見てとれます。ミレーの作品で有名な「種まく人」(1888年、64.2×80.3センチ)や「花魁(渓斎英泉による)」(1887年、106×60センチ)などの模写は、独自の色彩感覚で興味深いものでした。

鎌倉期仏教美術の傑作一堂に

一方、「興福寺国宝展」には、鎌倉期仏教美術を奈良の興福寺と国内の寺社や、美術館、博物館などが所蔵の文化財を加え100点余が展示されています。国宝と重要文化財のオンパレードです。昨年秋の東京藝術大学美術館を皮切りに岡崎、山口を巡回し、今後は仙台市博物館のみです。


「興福寺国宝展」の内覧会前の開会セレモニー(大阪市立美術館で)

平城遷都と同じ2010年に創建1300年を迎える興福寺は、幾度となく戦禍や火災に見舞われました。中でも平安期末の戦乱で壊滅的被害をこうむりましたが、鎌倉期に国家的規模で復興されたのでした。

この時期、造仏には康慶、運慶らの慶派仏師が、日本仏教美術のルネサンスとも言うべき数多くの尊像を遺したのです。また絵画でも南都絵所の絵仏師らが優れた仏画や絵巻などを制作したのです。

しかし興福寺では、18世紀初頭の享保大火後の復興は滞り、明治時代には神仏分離、廃仏毀釈によって阻害されたのです。「秋風や囲いもなし興福寺」と子規が詠んだほどです。平成に入って長期的な復興事業に着手し、創建1300年に江戸期に焼失した中心伽藍の中金堂再建に向けた立柱式を目指しています。

今回の展覧会もこうした復興事業に広く理解を得ようと企画されたもので、力強さと写実性を備えた鎌倉仏教彫刻を中心に、絵画や書跡、考古資料、中金堂再建の資料などが出品されています。


国宝「世親菩薩立像」(左)、国宝「無著菩薩立像」(右)

興福寺といえば、6−7年前にかけて何度も訪ねた思い出があります。私は朝日新聞創刊120周年記念事業として「シルクロード 三蔵法師の道展」を開催しましたが、玄奘三蔵が始祖とされる法相宗のゆかりから出展をお願いしたのです。

重要文化財の「護法善神像のうち玄奘三蔵像」(14世紀鎌倉時代、板地着色)と「慈恩大師像」(12世紀平安時代、絹本着色)、それに「法相曼荼羅」(15世紀室町時代、絹地着色)を借用することができました。この3点は今回の展覧会でも一部会場に出品されていますが、この他にも借用依頼がままならなかった文化財もあり、複雑な思いがしました。


重文「四天王立像 増長天」

国宝「法相六祖坐像」

今回の展覧会で圧巻なのは運慶作の国宝「世親菩薩立像」(高さ191.6センチ)と「無著菩薩立像」(高さ194.7センチ)です。この兄弟像は唯識思想を大成したインドの高僧ですが、そのリアルな表現は内面もうかがわせる奥深さがあります。この大きな像の前に立つと自ずと畏怖の念にかられます。

さらに国宝の「金剛力士像」(阿形・吽形)の2体や、東慶作で重要文化財の「四天王立像」は2メートルもの高さで迫力に満ちています。教科書にも紹介されている有名な「天燈鬼立像」「龍燈鬼立像」も実在感があり、「釈迦如来像」の頭部や右手、左手も壊れているゆえ、見るほどに感動的です。

「釈迦如来立像及び像内納入品」の納入品には,水晶で作った五重塔や枯葉に書かれた結縁文、「千手観音菩薩立像内納入品の毘沙門天印仏」なども味わい深く、「春日版板木 成唯識論述記」の版木は、今でも印刷できそうです。日本の仏教文化の底深さを感じるのに十分でした。

国宝中の国宝である「乾漆八部衆立像のうち阿修羅像」が無いのは、いかにも残念ですが、これは興福寺国宝館に常時展示しているので現地で見るべきかもしれません。

鑑賞に専念し充実の時間を

二つの展覧会は、いずれも開催日前日の内覧会で、約2時間かけてじっくり鑑賞させてもらいました。内覧会には展覧会協力者、美術や報道関係者、政財、行政の代表者が招待され、豪華なレセプションなどが用意される場合もあります。通常は週日に開かれるため代理出席も多く、展覧会より飲食の方に興味のある光景も見受けました。

しかし今回の内覧会はいずれもアルコールの無いティーパーティでした。時節柄、当然といえます。主催者は今後とも、こうした費用は削減すべきだと思いました。その方が、せっかく内覧会に招かれた人にとっても鑑賞に専念できるというものです。

さてもう一つ余談なことですが、こうした大型企画展では音声ガイドが付きものです。業界は過当競争で四苦八苦しているようですが、内容には美術館の学芸員も監修しており、できるだけ利用したいものです。事前に図録などを入手し学習している場合はともかく、限られた時間で盛りだくさんな展示品の特性などを理解するのは至難です。

いずれにしても「ゴッホ展」のように、画家の思想性が反映した作品を鑑賞するには、作品が生まれた背景にも気を配る必要があります。また「興福寺国宝展」では、暗い寺内と比べようも無くいい条件で鑑賞できるのですから、充実した時間を過ごしてほしいと思います。

次回は「日本中国水墨画協会の活動」です。


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しらとり・まさお
朝日新聞社前企画委員。1944年、愛媛県新居浜市生まれ。中央大学法学部卒業後、日刊工業新聞社編集局を経て、1970年に朝日新聞社編集局に入社。広島、和歌山両支局で記者をした後、大阪本社整理部員。1989年に鳥取支局長、1991年に金沢支局長、1993年に大阪企画部次長に転じ、1996年から2004年まで企画委員を務める。編著書に『夢をつむぐ人々』『夢しごと 三蔵法師を伝えて』『日本海の夕陽』(いずれも東方出版)、図録『山本容子の美術遊園地』『西遊記のシルクロード 三蔵法師の道』『ヒロシマ 21世紀へのメッセージ』(いずれも朝日新聞社)、『鳥取砂丘』『鳥取建築ノート』(いずれも富士出版)、『「文化」を旅する』 『「文化」は生きる「力」だ』(いずれも三五館)などがある。

「大人の旅」心得帖
発売日:2004年12月1日
定価:本体1,300円+税
発行:三五館
内容:「智が満ち、歓びの原動力となるそんな旅を考えませんか。」
高齢化社会のいま、生涯をかけてそれぞれの「旅」を探してほしい。世界各地の体験談に、中西進先生が序文を寄せている。
「文化」は生きる「力」だ!
発売日:2003年11月19日
定価:本体1400円+税
発行:三五館
内容:50歳を前にして企画マンを命じられた新聞人が、10年間で体感し発見した、本当の「文化」のかたちを探る。平山郁夫画伯らの文化財保存活動など幅広い「文化」のテーマを綴る。
夢をつむぐ人々
発売日:2002年7月5日
定価:本体1,500円+税
発行:東方出版
内容:新藤兼人、中野美代子、平山郁夫など、筆者が仕事を通じて出会った「よき人」たちの生き方、エピソードから、ともにつむいだ夢を振り返るエッセイ集。
夢しごと 三蔵法師を伝えて
発売日:2000年12月21日
定価:本体1,800円+税
発行:東方出版
内容:玄奘三蔵の心を21世紀へ伝えたいという一心で企画した展覧会。構想から閉幕に至るまで、筆者が取り組んだ「夢しごと」のルポルタージュ。

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