![]() 羊角島国際ホテルからの眺望 |
威厳のある王の姿や墓主、さらに行列や力士などの装飾壁画は、1600年もの歳月を経てなお鮮やかな色彩をとどめていました。北朝鮮の安岳3号墳など三基の壁画古墳を直にこの目で見てきました。高句麗壁画は昨年7月に世界遺産に登録されました。中国東北部から北朝鮮、韓国の一部にまたがった高句麗については、第14回で中国・集安の遺跡見学を、第20回と第46回で韓国の博物館や展覧会鑑賞の報告をしています。その中で鴨緑江(おうりょくこう)をはさんで国境を接する集安の地から、今度は平壌と近郊の装飾壁画を訪ねたいと書きましたが、京都・大阪の研究者グループに同行して実現したのでした。
史跡や遺跡を復旧し整備進む
一行14人は9月中旬、関西空港から中国の大連経由で瀋陽から、北朝鮮の平壌へ高麗航空で入国しました。中国での入、出国を経ても約7時間後には平壌空港に着くのですから、直行便が運行されれば2時間余の近さなのです。しかし国交のない国への渡航は初めてで緊張感を覚えました。何しろ拉致をはじめ核開発など難題山積で両国の関係は冷え切っているからです。事前に日本の旅行社を通じ入国許可を得ていましたが、所持品などの厳重チェックを予想していました。ところが携帯電話以外はパソコンを含めフリーパスなのに驚きました。
![]() 平壌城の玄武門 |
入国後は北朝鮮の旅行社から日本語の流暢なガイドとその上司が待ち受けていました。旅行中、この二人の指示に従うことになりましたが、軍関係と農村などの撮影は厳禁でしたが、他はビデオを含め写真も許可されました。8日間の旅はほとんど遺跡と古墳めぐりに終始しましたが、北朝鮮で二番目の世界遺産の候補に上っている開城(ケソン)まで足を延ばせたことも収穫でした。このエッセイでは壁画古墳や都城などの遺跡、博物館の鑑賞などに絞って報告します。
最初の訪問地は故金日成主席の生家のある万景台を訪ねました。女性ガイドが日本語で説明してくれました。地方から多数の人が見学に来ていました。さらに故金主席の還暦を祝って創られた大銅像のある万寿台に赴きました。外国人客はまずここで献花をするのが習わしだといいます。
その後、貸切バスで平壌城に移動しました。城壁は東が大同江に沿って北上し、最高部の北城から牡丹峰公園を通って南西に下り、普通江に沿って続いています。高句麗時代の名残をとどめた建物は朝鮮戦争時、アメリカ軍の爆撃で破壊され、戦後にいくつかの建物を復旧したといいます。その一つ乙密台は、6世紀中ごろ高句麗が内城を建築した際に軍事的指揮処として建てたものです。築台の横の道を進むと玄武門がありました。この名前は四神から由来したもので北側の守りに当てられていました。さらに高く市街が一望できる最勝台にも登り、高句麗時代の礎石も見学しました。
その日午後には、高句麗の山城である大城山城へ向かいました。6つの峰を結ぶ尾根沿いに築かれています。東西2.3キロ、南北1.7キロで、山城内の面積は約2.7平方キロに及ぶそうです。城壁は一部二重、三重になっており、総延長が9.3キロもあります。きれいにツタで覆われた復原の南門を経て蘇文峰へたどりつきました。
高い所では10メートルもある立派な城壁が復元されていました。この復元は学術的に疑問が残るとの説もあります。いずれにしても周辺には城石が散乱していました。この高台の南面には安鶴宮があり、その広大な跡地が眼下に見えました。さらには一筋の大同江の流れが望めました。
![]() 芝生の美しい安岳3号墳 |
![]() 安岳3号墳に描かれた相撲図 『高句麗壁画古墳』(共同通信刊から) |
山城は中国・桓仁の五女山や集安の山城山子山などでも見てきましたが、平地の城から緊急時のために背後に築いたのでした。それにしても大がかりな城壁の工期や動員された人数、そしてこのような城壁を築かなければ守れない権力や国家とは何なのか考えさせられました。四囲を海に囲まれた日本と、大陸につながる半島との違いなのかもしれません。
装飾壁画の保存・公開に工夫
今回の旅でのお目当ては装飾壁画を自分の目で確かめることでした。最初の壁画古墳は安岳3号墳です。墳丘は方台形で縦横約30メートル、高さが6メートルもあり、緑も鮮やかな芝生で覆われていました。そして片隅に世界遺産の登録を示す真新しい標柱が立っています。
本来、丘陵となっている所は、掘り込まれ半地下に、石を積み、前室や東西の側室、回廊、玄室で構成されています。しかし墳丘には開口部なく、近くの事務所から入りました。すぐに地下に下りる階段がありトンネルをくぐって墓室の入り口にたどりつく構造でした。こうした羨道によって外からの空気の侵入をできるだけ防ぐ仕組みになっていたのです。
暗くて長い地下通路を通る間、次第に緊張感が高まってきました。いよいよ前室へ。入ってすぐに目に留まったのが左側壁面に墓主と見られる人物像が描かれ、その頭上に墨書が認められました。これが墓誌なのかどうか判明できないといいます。「墓主は誰なのか」「高句麗に亡命した燕の人、冬寿か、高句麗の国王なのか」。依然ナゾに包まれたままです。
![]() 徳興里古墳の外観 |
![]() 江西大墓に描かれた玄武図 『高句麗壁画古墳』(共同通信刊から) |
そして冒頭にも書きましたが、西側室の正面に王と思われる威厳のある姿が目に飛び込んできます。ガラス越しとはいえ、まぎれもなく1600年も経た「実物」が目前にあると思うと興奮と感動を覚えました。飛鳥美人の高松塚とは異なるものの冠と華麗な衣装が鮮やかでした。王に向かって左の方には王妃が描かれているのですが、ガラスで仕切られた狭い場所からは残念ながら死角になりました。
一方、前室の東壁の左側には、互いに裸になって褌を締め、拳を振り上げ争っている相撲図が描かれているのに興味を引きました。日本の相撲の張り手に似た感じです。こうした相撲を描いた壁画は、中国・集安の4世紀末の角抵塚や5世紀中頃の長川1号墳にもあり、そのルーツや対岸交流の歴史を考えさせるものでした。
徳興里古墳は1976年12月に発見されましたが、玄室に入る通路入口の上部に墓誌が記され、被葬者とその築造年代を知ることが出来る唯一の墳墓です。それによると被葬者は高句麗の好太王(広開土王)の臣下で大臣となった「鎮」という人物で、「永楽18年」に葬られたとあり、408年に築かれたことが分かりました。
ここでは開口部から墓室に入りましたが、入室に際し出口に置かれた換気する装置を動かし保存へ配慮をしていました。内壁には人物や政治、社会生活、風俗などが多彩に描かれていました。日本との関係を物語る天の川と七夕伝説や神社のお祭りなどで見かける流鏑馬(やぶさめ)なども描かれているのです。
とりわけ前室の天井には月像と天女や仙女などの空想的な信仰世界と、その下の壁面には幽州13郡の太守が幽州刺史「鎮」に伺候している姿が捉えられました。懐中電灯を片手に、持ち込んだ壁画資料との確認をしていると約30分の持ち時間があっというまに経過してしまいました。
徳興里から約2キロ、壁画見学の最後に江西三墓に移りました。ここには壁画のある大墓、中墓ともう一つ壁画のない墓があります。高句麗壁画は400年間にわたって連綿と築営されてきましたが、四神が描かれている大・中墓で終焉となったのです。中国の唐と新羅の連合軍によって668年に滅ぼされたのです。
![]() 高麗時代の開城の満月台 |
![]() 朝鮮中央歴史博物館の建物外観 |
三角形の南端に位置する大墓には、整備された開口部から入りました。東西南北の壁面いっぱいに、東の青龍、西の白虎、南の朱雀、北の玄武が力強く迫ってきます。とりわけ青龍は真紅の舌を出し、胸を突き出し、頸に蛇蝮のような包帯をまき、3本の爪は荒々しい表現です。また玄武も、あたかも生きている亀に蛇が巻きついている構図で絵画的に見ても傑作中の傑作です。ここもガラス越しでありますが、四神美の極致といえるものでした。ここには人物や風習などの風俗画が排され、王族貴族たちの四神信仰の証しでもあったのです。
東アジアの歴史認識へ文化交流
壁画以外にも、朝鮮民族の始祖とされる檀君陵や、高句麗建国の始祖王である東明王陵と定陵寺、真波里・雪梅里古墳群など数多くの古墳を外形から見学しました。さらに今回、事前に提出した要望により、高麗の王都、開城へも行くことができました。途中、成仏寺に立ち寄り、王宮のあった満月台、高麗の太祖王顕陵、南大門、高麗博物館などの史跡を巡りました。ここから板門店が目と鼻の先で、ソウルも近いのです。
平壌では朝鮮中央歴史博物館へも二度訪れました。1945年に開館し、展示品も豊富でした。櫛目紋土器、支石墓,遼寧式銅剣、銀の帯金具、馬具、銘文城石などが展示されていましたが、高句麗室を中心に鑑賞しました。7月にソウルの高麗大学で展示されていた「火炎文透彫金銅冠」や高句麗瓦などを見ました。壁画古墳の内部構造もそっくりに復元されていて楽しめました。
思えば壁画古墳とご対面出来たのが何よりの収穫でしたが、ベールに包まれた北朝鮮を垣間見れたことにも意義がありました。日本から独立してちょうど60年の節目に当たり、朝鮮労働党創建60周年の記念事業としてアリラン祭が開催中で10万人のマスパフォマンスを見てきました。人文字あり、歌と踊り、はたまたサーカスや美女軍団の出演、さらには映像やレーザー光線まで駆使しての催しには感心しました。
![]() 10万人が演じたアリラン祭 |
とはいえ街中を自由に見物したり、田舎の暮らしを写真に撮ることなどは認められませんでした。日本からの入国は最悪状態で、ピーク時の10分の一に落ち込み年間約500人とのことです。ホテルには中国人があふれ、ドイツやフランスからの観光客が多数いました。韓国の太陽政策で近くソウルと北朝鮮・新義州との鉄道が再開するそうです。ガイドを通じても祖国統一への願いがひしひしと伝わってきました。
日本の文化は大陸、半島と深く結びついています。高句麗壁画にも如実に現れています。広域的な東アジアの歴史観への視野が求められています。文化の交流は政治や経済問題を超えて必要なことを痛感した旅でした。
次回は「もう一つのシルクロード展」です。
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