第50回 美術の秋―ベトナム絵画と「もの派」展

美術の秋も過ぎ去ろうとしていますが、この時期に東京と大阪で日ごろ見ることが少ない好企画の展覧会が開催されていますので紹介します。その一つがベトナムの画家たちが表現し開拓してきた近代絵画の歴史をたどる「ベトナム近代絵画展」です。東京ステーションギャラリー(12月11日まで)を皮切りに各地を巡回します。そしてもう一つが、ちょうどベトナム戦争期の1968年頃から1970年代前半に起こった日本での芸術運動「もの派」の動向に真正面から挑む「もの派−再考」展で、大阪・中之島の国立国際美術館で12月18日まで開催されています。

終戦30年の節目に88点の出展


「ベトナム近代絵画展」会場で話すベトナム国立美術館のチュオン・クオック・ビン館長

安保世代の筆者にとって、ベトナムといえば、ベトナム戦争が真っ先に頭をかすめます。ベトナムの地が南北に分断されて、東西陣営の軍事衝突が1960年代初頭から1975年まで約15年間も続いたのです。日米安全保障の下、ベ平連(ベトナムに平和を市民連合)の「安保ハンタイ」のデモが昨日のことのように想起されます。結局、近代兵器を駆使するアメリカが、ベトナム民衆のゲリラ戦で敗れたのですから驚いたものです。

戦争勝利から30年、日本にとっては敗戦から60年の節目の年に、今回の展覧会が開催されることは感慨深いものです。さらに多くの犠牲者を出した戦争を乗り越えて、芸術活動が続けられたことは注目されます。激動の時代、ベトナムの文化は長く支配されていたフランスや中国などから影響を受けながら、融合や変容を繰り返してきたといわれています。しかしその一方で独自の絵画技法や特有の民衆版画などの作品を見るのが楽しみでした。

今回の展覧会の担当学芸員で、ベトナムでの作品調査や集荷に関わった東京ステーションギャラリーの田中晴子さんは、「雑貨類のデザインの良さと食文化の豊かさなど、魅力があふれた都市です。町でふと眼にする掲示板、看板といったところにも、洒落た色使いやデザインがされていて意外でした」と話しています。


フィン・ヴァン・ガムの「リエン嬢」

タ・ティの「女性と中国灯篭と鳩」

ブイ・チャン・チュオックの「タイグエン製鉄所」

ブイ・シュアン・ファイの「チェオの役者」

グエン・ファン・チャンの「竹を編む」

開会前日の内覧会に駆けつけましたが、油彩をはじめ漆絵、絹絵、木版画とさまざまな形式の絵画約90点が展示されていました。主要な所蔵先のベトナム国立美術館のチュオン・クオック・ビン館長が来日されていて、「この展覧会にはベトナム近代絵画の歴史をたどることができる代表的な作品がそろっています。今回のような規模での紹介は日本で初めてです。わが国の文化を知っていただく良い機会です」と力説していました。

漆絵などに多様な表現と美意識

展覧会の宣伝チラシによると、ベトナム近代絵画のパイオニア的作家の作品をはじめ、漆絵の巨匠インドシナ美術学校初のベトナム人教師グエン・ジア・チイの華やかな漆絵、フランスの展覧会でも作品を出品して評価を得た絹絵の世界を方向付けたグエン・ザー・チーの日常を描く情緒ある作品、西洋の油絵を取り入れたト・ゴク・ヴァンの初期の優美な人物像、チャン・チュン・ティンの新聞紙に描く武器を持つ少女像など多彩な作品が上げられています。

私の興味を引いたのは、日本ではなじみの少ない漆絵でした。当初、日本と同じように装飾工芸品に施されていたと思われますが、ベトナムでは美術学校の科目として発展したということでした。漆は山間部で入手しやすかったことも要因になったようです。

ポスターやチラシにも掲載されている「リエン嬢」(1962年)は、革命を主題にした作品を描いて有名だというフィン・ヴァン・ガムの漆絵の作品です。実在のベトナム女性をモデルにしたそうですが、手の平にあごを乗せ物思いにふけるポーズで、大きな瞳と美しい顔立ちが印象的です。写実的な手法を取りながら、重ねられた色の層は、光の反射を生み出しています。

「女性と中国灯篭と鳩」(1946年)は、やや抽象的に描かれた漆絵です。ピカソやマティスに関心を持ち、抽象絵画の表現をいち早く取り入れたタ・ティの作品で、油彩作品も展示されています。またブイ・チャン・チュオックの「タイグエン製鉄所」(1962年)は彫漆作品で、進行中の建設プロジェクトを彫刻によりリアリティを高める表現になっています。

本展では彫漆4点を含め32点もの多様な漆絵が出品されています。その見どころについて、田中学芸員は「ベトナム特有の漆絵は、表面に艶があり、見る方向で金が使われたところは光の強さを変えて表情が変化します。遠くから近くで、またいろいろな角度で見るのも面白いです」と、紹介しています。

漆絵と並んで、ベトナムでよく描かれているのが絹絵です。大家、グエン・ファン・チャンの「竹を編む」(1960年)は、日本的な構図でノスタルジーを感じさせます。このほか油彩の「チェオの役者」(1963年)は、ブイ・シュアン・ファイの作品です。貧しさの中で生涯を終えますが、大衆歌劇を愛し役者たちを描き続けたことで知られています。

ベトナム絵画といえば、戦争や民衆の政治活動を題材に、原色でけばけばしく描いた作品を想定しがちです。しかし展示された多様な作品は、町とそこに住む普通の人々の暮らしや、田園風景などが、素朴に静かなトーンで描かれていました。苦難を生き抜いてきた強さと、調和のとれた豊かな美意識を感じさせるに十分でした。

展覧会は年が明けて2006年7月までの期間中に高知県立美術館、和歌山県立近代美術館、福岡アジア美術館に巡回します。

「もの派」の17人の61点を展示


「もの派−再考」展で挨拶する関根伸夫ともの派の面々(赤いリボンの人たち

一方、「もの派−再考」展は、国立国際美術館ならではの力のこもった展覧会の構成です。日本の戦後美術を語るときには、「もの派」を避けて通れないことになっていて、朝日新聞社と開催美術館が数年かけて取り組んだ「戦後文化の軌跡」展で、この理屈っぽい作品の理解に頭を悩ませたことがよぎりました。

これも宣伝チラシの言葉を借りれば、「もの派」とは、一つの教義や組織に基づいて集まったグループではなく、石や木、紙や綿、鉄板やパラフィンといった<もの>を素材そのままに、単体であるいは組合せることによって作品としていた一群の作家たちをこう呼ぶようになったということです。彼らは日常的な<もの>そのものを、非日常な状態で提示することによって、<もの>にまつわる既成概念をはぎとり、そこに新しい世界の開示を見出だしたのです。


関根伸夫の「空相−油土」

小清水漸の「表面から表面へ」

菅木志雄の「中律−地に沿って」

今回の展覧会には、私が過去に個展やグループ展として鑑賞してきた榎倉康二、小清水漸、菅木志雄、関根伸夫、高松次郎、李禹煥といった面々17人もの作家たちの作品61点を集めて展示しているのですから、一見に値します。

「もの派」の一番の特徴は、素材の用い方です。石や木、鉄板などがほとんど加工されず、単体もしくは組み合わせて置かれているのです。放射状に並ぶ大量の木材、鉄板の上に置かれた巨石、巨大な粘土の塊……。それら作品から放たれるのは、物質のむき出しの迫力と、深い思索への誘いです。

これらの作品に解説など無用で、一にも二にも、自分の目で作品を見て、作家のメッセージをそれぞれ自身で受け止めるしかありません。

私なりに印象に残った作品を取り上げるとすれば、まず関根伸夫が本展のために「空想−油土」を再制作しています。関根といえば「位相−大地」が「もの派」の代名詞のように語られています。今回は映像展示ですが、1968年に神戸須磨離宮公園現代彫刻展で、会場として与えられた大地の一部を、すっぽり掘り抜き盛り上げただけの表現で大きな反響を呼んだのです。

小清水漸の「表面から表面へ」は、何本かの材木にチェーンソーで切り込み刻みを入れた作品です。切り方はアトランダムで意味があるようで、それほど意味を見出せない。材木の数もこだわったわけではなさそうです。並べ方はきっと会場に応じて異なるのでしょう。要はその存在感です。

菅木志雄は「中律−地に沿って」を出しています。綿布とロープと石によって構成しています。菅は「人為的にもの同士を接しようとする場合、もののどの部分でもいいというわけではなく、決まった場所があり、そこをみつけるのはなかなかむずかしい」と書いています。

主催者は「新しい世界を求めて、既成の表現から逸脱した方法を取っていた多くの作家たちの作品や行為を検証することによって、時代様式としての『もの派』を、いま再び問い直そうという試みです」と伝えています。ともかく「一見に如かず」です。

次回は「夭折、佐伯祐三の足跡」です。


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しらとり・まさお
朝日新聞社前企画委員。1944年、愛媛県新居浜市生まれ。中央大学法学部卒業後、日刊工業新聞社編集局を経て、1970年に朝日新聞社編集局に入社。広島、和歌山両支局で記者をした後、大阪本社整理部員。1989年に鳥取支局長、1991年に金沢支局長、1993年に大阪企画部次長に転じ、1996年から2004年まで企画委員を務める。編著書に『夢をつむぐ人々』『夢しごと 三蔵法師を伝えて』『日本海の夕陽』(いずれも東方出版)、図録『山本容子の美術遊園地』『西遊記のシルクロード 三蔵法師の道』『ヒロシマ 21世紀へのメッセージ』(いずれも朝日新聞社)、『鳥取砂丘』『鳥取建築ノート』(いずれも富士出版)、『「大人の旅」心得帖』 『「文化」は生きる「力」だ』(いずれも三五館)などがある。


アートへの招待状
発売日:2005年12月20日
定価:1,800円(税込)
発行:梧桐書院
「大人の旅」心得帖
発売日:2004年12月1日
定価:本体1,300円+税
発行:三五館
「文化」は生きる「力」だ!
発売日:2003年11月19日
定価:本体1400円+税
発行:三五館
     
第一章 展覧会とその舞台裏から
第二章 美術館に行ってみよう
第三章 アーティストの心意気と支える人たち
第四章 世界の美術館と世界遺産を訪ねて

 本書を通じて白鳥さんが強調するのは「美術を主体的に受け止める」という、鑑賞者の役割の重要性である。なぜなら「どんな対象に興味を感じ、豊かな時を過ごすかは、見る者自身の心の問題だ」からである。
(木村重信・兵庫県立美術館長の序文より)
夢をつむぐ人々
発売日:2002年7月5日
定価:本体1,500円+税
発行:東方出版
夢しごと 三蔵法師を伝えて
発売日:2000年12月21日
定価:本体1,800円+税
発行:東方出版


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