![]() 番画廊がある大正モダン建築の大江ビル |
死んだ金魚が散華したかのような写真盤の上に金魚鉢が一つ置いてあり、その中には生きている一匹が泳いでいます――。生命の孤独を象徴しているような作品です。「ある日」と題した10点は、55×75センチ四方の写真盤に小松菜や歯ブラシ、ゴム手袋、ビール缶など日常的な素材を焼き付け、遊び心たっぷりにメッセージを放っています。極めつけは花びらの写真盤の上でミニチュア人形が回っています。何の先入観もなく作品を見ていると、作者が1930年生まれだなんて想像できません。森口宏一さんは半世紀にわたって、戦後日本の現代美術の歴史を歩み続けている一人です。展覧会は大阪市内西天満の番画廊で6月24日まで開かれています。
半世紀、年代によって変化
大阪市生まれの森口さんは、20歳代の始めから新しい美術表現にのめり込みます。クレー風の抽象構成的な作品を手がけ、全関西学生美術展をはじめ、行動美術展やゲンビ展などに積極的に出品し、1950年代後半の現代美術界に存在を示します。その後、60年代初めに同世代の作家たちと現代抽象作家集団「テムポ」を結成し、アルミニウム板を使ったレリーフ状の作品を次々と発表し始めます。
![]() 番画廊の入り口。作品「パゴダの形」が見える |
日本の現代美術の高揚期を迎えた60年代、森口さんは京都国立近代美術館での「現代絵画の動向展一西洋と日本」「現代美術の動向展」や、東京国立近代美術館での「現代美術の新世代展」をはじめ「第8回現代日本美術展」「現代の空間'68 光と環境展」といった展覧会にポリエステルやクロームメッキ、ステンレス、ハーフミラー、蛍光灯などを使った新しいスタイルの作品を発表し、新世代を代表する現代美術作家としての評価を得ました。
70年代に入ってからの作品は、オブジェの「標本」「位置」「Nay」や、物体の表面にこだわった「表面」「表面の構造」シリーズへと移行します。さらに80年以降、作品はより大型化し、架設的、装置的なものとなり、いわゆるインスタレーションの様相が強まり、周囲の壁面や環境との関わりを深めます。
このように、森口さんの作品は各年代によって様々な変化を見せますが、その根底に流れているのは、実証的な思考方法に基づいた理知主義的な造形志向であるといえます。自身が「多彩よりもモノクロームの世界を、情熱よりもクールさを、精神主義よりも物の構造に強く関心があった」と語っています。
毎年のように画廊で新作発表
![]() 「ある日」金魚 |
![]() 「ある日」花 |
今回の個展では「ある日」とともに「パゴダの形」を出品しています。会場の中央に発泡スチロールの柱を立て、そこに白装束の布が吊るされています。パゴダは仏塔の意味ですから、ここでも生命を表現しているのです。現代美術に説明を求めるのが無粋ですが、本人は「思い出に過ぎない」と意味深な言葉を口にしていました。森口さんの作品にはあまり布を使っていません。昨年、同じ番画廊で発表した作品「漂白」に続いてのことです。
「私は固定し変わらない作品を手がけてきました。布は移り変わっていくから想定外でした。しかし近年、変化を意識した作品が増えてきたようです」とは本人の弁です。タイトルにも「飼育」「水槽」「自画像」「私」など命や身体に関わる言葉が増え、当然ながら作品に投影し、見る者に深い印象を与えているのです。
会場に版画家の吉原英雄・京都市立芸術大学名誉教授も来ていて懇談することができました。「現代美術をやっているアーティストは挫折をし、活動が出来なくなる者も多い。彼は自分を守り、探求し続けてきた作家だ。この『ある日』にしても、夜店のように並んだ一点一点が小曲であり、全体で組曲を構成している」との作品評でした。
![]() 「ある日」の作品が夜店のように並ぶ |
吉原さんは銅版画家の山本容子さんに、「線を描くなら版画がいい」と薦めた先生です。かつて私が「山本容子の美術遊園地」展を担当していて、和歌山県立美術館で巡回開催時に、山本さんを囲んで話し合ったこともありました。吉原さんと森口さんは同世代で、共に関西の美術界をリードしてきますが、前衛美術グループ「具体」の結成に参加した吉原さんとは異なり、森口さんは独自の道を突っ走ってきたのでした。
会場の番画廊は1979年、大正モダン建築の面影を残す大江ビルの一階にオープン。30平方メートルのスペースながら年間約40もの展覧会を開催。森口さんの個展は1987年から11回を数えます。商売と直結しない現代美術を扱うことに、画廊主の松原光江さんは「森口先生は別格です。応援しているというより、画廊のステータスにつながります」と話しています。私自身、ここ数年の森口さんの近作はこの番画廊で拝見できるのが楽しみとなっています。
「目で見た美」ではない多様性
![]() 幻想的な「パゴダの形」「ある日」の作品 |
![]() 「パゴダの形」の前で森口宏一さん |
私が森口さんの作品に出合ったのは1995年に遡ります。当時千里万博公園にあった国立国際美術館で開催された「森口宏一展」です。新聞記者から展覧会企画の仕事を担当して2年目でした。1994年にアジア大会が広島で開かれ、その関連企画として特別展「アジアの創造力」に関わり、広島市現代美術館で3年に1度開催の「ヒロシマ賞記念展」や、兵庫県立近代美術館2年に1度の「アート・ナウ」などを担当することになり、なぜか現代美術との関わりを持つことになったのでした。
阪神・淡路大震災の直後でしたが、戦後50年の節目の年で、「戦後文化の軌跡展」のスタッフの一員でした。「森口宏一展」には「理知的造形40年の軌跡」といった副題が付いており、私にとっては「勉強の機会」とばかりに鑑賞した記憶がありますが、正直言って、その造形の意図は理解出ませんでした。しかし抽象表現の平面や立体作品は、目で見た美を追求しない芸術の多様性を感じ、大いに刺激を与えられたのでした。
その後、名刺を交換したのはいつの頃か定かではありませんが、2003年春、酒席を共にすることができたのでした。国立国際美術館の集い終了後に、そのころ国立美術館の三木哲夫学芸課長に誘われ、森口さん始め「具体」で活躍した元永定正さん、番画廊の松原さんらで飲んだのです。理知的な造形作家とはかけ離れ、酒好きで気さくな森口さんの人間性に触れ驚いたものでした。
その数日後、「実に楽しい一夕をありがとうございました」の文章を付記し『森口宏一 works 1993-2002』なる図録が送られてきて二度びっくりしたのでした。作風は理知的なのは承知していましたが、人間的な律儀さに感心したのでした。
その図録には森口さんの次のような言葉が綴られていました。
国立国際美術館で開催された森口宏一展は、私にとっては大きな展覧会でしたが、その前後から作品に変化が現われています。
それはこの展覧会によって起きたのではなく、制作の流れのなかで自然に、自発的に生れて来た発想でした。
それまでの“・・・・・・の構造”或は“壁に拠る・・・・・・”“床に拠る・・・・・・”又は“・・・・・・の仕組”と云った、空間を強く意識して、作品を構造物として把握しようとした地点から、命を、生や死をテーマとし始めました。
アトリエで模型と図面推敲
![]() 2005年の作品「漂白」と「水中」 |
現代美術は難解というのが通り相場で、観客も敬遠しがちです。「具体」発祥の地とされる芦屋市の市立美術博物館が深刻な財政難で存続の危機に立たされたのが象徴的で、関西で現代美術展に道を開いていたナビオ美術館やABCギャラリーが姿を消してしまったのが惜しまれます。新進の作家たちにとっては、小さい画廊を借りて発表の場にしているのも現実です。
森口さんほどになると、作品は展覧会以外でも見ることが出来るのです。パブリック・アートとして街中にも設置されています。大阪市北区茶屋町のアプローズタワービル前には「交響―空へ―」、豊中市・服部緑地公園内のセンチュリー交響楽団練習場には「弧のアダージュ」、さらには大阪モノレールのいくつかの駅にもあります。
![]() 「私」<立像> |
私は仕事柄、この10年余、現代美術に触れてきました。まるで粗大ゴミとしか思えないロバート・ラウシェンバーグや便器に署名したマルセル・デュシャンの作品も見方を変えれば芸術作品となることも、それなりに理解できるようになってきました。
森口さんの作品も10年かけて、その味わいが読み取れるようになったのかもしれません。一貫してステンレスやガラスを素材として使い彫刻作品を作っているだけに、制作現場は工場です。内的な抽象表現だけに一瞬の閃きで作品が生まれてくるのではと思っていましたが、アトリエでその模型と図面の推敲に時間をかけ、綿密に設計している苦労も分ってきました。
そして何より特筆すべきは、森口さんの感性の若さです。常に時代を読み取り、何をメッセージしようかと思索する精神が老いないためだと確信しました。現代美術の存在意義は、創作の夢を実現していくことにあり、見る者にとってそれが伝わることなのでしょう。
森口さんに「今後の目標は」とお聞きすると、「これからのことは分らない。絵画とか彫刻とか持っていた力をすべて忘れて新しいことかもしれない」との言葉が返ってきました。
次回は、「芦屋市美その後と指定管理者制度」です。
![]() |
アートへの招待状 発売日:2005年12月20日 定価:1,800円(税込) 発行:梧桐書院 |
![]() |
「大人の旅」心得帖 発売日:2004年12月1日 定価:本体1,300円+税 発行:三五館 |
![]() |
|
| 第一章 展覧会とその舞台裏から 第二章 美術館に行ってみよう 第三章 アーティストの心意気と支える人たち 第四章 世界の美術館と世界遺産を訪ねて |
「文化」は生きる「力」だ! 発売日:2003年11月19日 定価:本体1400円+税 発行:三五館 |
||||
![]() |
夢追いびとのための不安と決断 発売日:2006年4月24日 定価:1,400円+税 発行:三五館 |
![]() |
夢をつむぐ人々 発売日:2002年7月5日 定価:本体1,500円+税 発行:東方出版 |
![]() |
|
| 第一章 いま問われる、真の豊かさ 第二章 「文化」のある風景と、未来への試み 第三章 夢実現のための「第二の人生」へ 第四章 「文化」は人が育み、人に宿る |
夢しごと 三蔵法師を伝えて 発売日:2000年12月21日 定価:本体1,800円+税 発行:東方出版 |
||||