![]() 存廃問題で揺れた芦屋市立美術博物館の外観 |
財政難から存続の危機に直面していた芦屋市立美術博物館が今年4月から市直営でNPO組織(AMM=芦屋ミュージアム・マネジメント)に業務委託という変則的な形で再スタートしました。休館や売却まで伝えられ、「美術館冬の時代」の象徴的な出来事であっただけに、今後の動向が気がかりです。芦屋市美と言えば、世界的に評価されています吉原治良(1905−1972)を代表とする「具体美術協会」発信の拠点であり、芦屋ゆかりの小出楢重(1987−1931)やハナヤ勘兵衛(1903−1991)らの作品を数多く所蔵しており、同館の今後が注目されます。
存廃論議に市民も積極参加
まず芦屋市美騒動の経過をまとめてみました。同館は1991年、市制50周年を記念して16億円をかけ開館しており、丸15年になります。芦屋市文化振興財団(市の全額出資)が、郷土の美術と歴史資料の顕彰を基本方針に市から業務委託を受けて運営してきました。しかし1995年の阪神淡路大震災以降、長期の不況も重なり市の財政事情が悪化し、赤字再建団体への転落が懸念される事態となったのです。
![]() 吉原治良《白地に黒い円》1967年 |
1997年以降、基本方針をめぐって館長の諮問機関である美術博物館運営協議会の答申に対し、教育委員会は同意しない事例が生じます。2002年には、教委が開催中の「堀尾貞治展」を問題視、2003年度の企画展「イー・ブル展」(国際交流基金アジアセンターとの巡回展)をキャンセルさせたのでした。
2002年12月には教委が新たな運営基本方針を策定し、「今後の具体美術については、一定の研究・調査・展示活動にとどめる」との方針を発表。さらに市は2003年11月、行政改革実施計画が発表し、美術館について「2006年度までに民間に委託、委託先がみつからない場合は休館」との衝撃的な方針を打ち出したのでした。高級住宅街として知られる芦屋での出来事だけに驚きました。
その後、市民有志による「芦屋市立美術博物館を守る会」が発足、存続と活動の継続を求める署名が始まり、市に陳情書が提出されました。2004年4月までに約1万8000名の署名が集まり、「芦屋の文化を育む会」(大森一樹代表)が「芦屋市立美術博物館の機能の存続を求める請願書」を市議会に提出、全会一致で採択される、などの動きもありました。
![]() 小出楢重《横たわる裸女A》1928年 |
「芦屋市立美術博物館を考えるワーキンググループ」も3回にわたり開催され、「芦屋市立美術博物館のこれからについての話し合いの報告」を市長、市議会に提出しています。報告書は、「市長ならびに市の行政改革、芦屋美博関係者の主催で、市民の代表とともに話し合われることを強く望む」と結んでいます。
この間、各市民グループと美博とのコラボレーションが活発化し、側面支援的に随時イベントが開催されました。また美術評論家連盟が芦屋市長、市議会議長や美術博物館館長に対し、声明書を出して公立美術館としての責任全うを訴えたのでした。 ともかく美術館という公共施設の維持、運営に関して、市民が積極的に議論に参加し、新たな公立美術館像を模索しようという動きが芽生え始めたことは、不幸中の幸いと言っていいかもしれません。
異例のNPO法人に業務委託
様々な反響が続く中、2005年9月、AMMがNPO法人として認可されたのでした。こうして今春からこれまでの財団に代わってAMMでの業務委託がスタートしました。しかし契約は1年ごととなっています。普通、美術館は何年か先を見越して企画展を立てており、長期的な運営の必要な美術館にとって一時的な対応策としか思えません。
![]() 「こどもがせんせいー吉原治良の戦後」展の会場 |
こうした中、6月17日から9月18日まで美術と歴史の分野で二つの展覧会が開かれています。その一つが「こどもがせんせい ―吉原治良の戦後―」です。終戦後、吉原がこどもや女性の顔、鳥など具象的なモチーフを描き、こどもの造形に深い関心を寄せ発言していたことに着目した展覧会です。吉原はこどものつづり方の投稿誌『きりん』にも表紙絵や挿絵、文章を寄稿しており、1940年半ばから50年半ばに描いた油彩や素描、など吉原旧蔵の珍しい資料を展示しています。
もう一つの展覧会は「コレクターの眼 枕」で、日常使われているにも関わらず、あまり省みられなかった枕に焦点をあてています。市内に在住するコレクターの所蔵品を借用しての展覧会です。難を転じたい思いからか南天を素材にした「一富士二鷹三茄子」の江戸期の枕をはじめ、李朝期の折りたたみ式の一品、行灯や硯を組み込んだ携帯枕など地域や歴史的な特徴を備えた枕の数々が並び、興味が尽きません。
![]() 吉原治良《子供達》1947年頃 |
また開催期間中には、こども美術教室や、「枕」談義の講座、学芸員の列品解説も用意されています。さらに7月16日には、AMMの自主事業として、京都造形芸術大学と連携し美術鑑賞教育の開発・実践に長年取り組んでいるアメリア・アレナスさんによる特別トークも開かれます。
表面的には従来通りの美術館運営に見えますが、内実は様変わりの実態といえます。学芸員は半数以下の3人となり、年間企画運営費がわずか1200万円程度しか見込めないのです。もちろん学芸員の身分も財団職員をいったん解雇され、AMMとの単年度雇用という不安定なものなのです。こうした厳しい環境の中、経費を抑え知恵を絞った企画展の開催を続ける現状に感動さえ憶えます。
明尾圭造学芸課長に話を伺いました。「私はいまだに市直営の業務委託という措置が分らない」と明言します。直営なのに外部の学芸員が、貴重な収蔵作品の管理活用や地域の美術教育や生涯学習に関わることの不思議さを強調しています。市直営にしたのは実績のないNPOを指定管理者にすることにためらいがあったのかもしれません。
![]() 吉原治良《無題》1948年頃 |
いま全国的に導入の動きのある指定管理者制度は、2003年の地方自治法改正で従来の委託先であった第三セクターや公社、財団から民間企業や団体にも広げたものです。「官から民へ」の流れに乗り、自治体は住民サービスの向上とコスト削減に期待できる説明します。とはいえバブル期の「ハコもの行政」のツケを、行政が学芸員をはじめ最終的には市民に回している一面もあります。
全国各地に点在する美術館や博物館、記念館には、立派な建物なのにほとんど利用者がなく、建物管理や人件費にあえいでいる光景を数多く見受けます。こうした施設を有効に活用するには、行政当局は運営予算がかかることを考えていたのかと疑わしくさえなります。しかし芦屋市美に関しては存在価値が十分にあるのです。
世界に誇る「具体」の発信拠点
「誰にでも描けそうで彼にしか描けない円」といったキャッチフレーズで、「吉原治良展」が7月30日まで東京国立近代美術館で開催されています。常に新しい絵画世界を求めて挑戦を続けた「具体美術」のリーダー吉原の東京で初の大回顧展です。この出品作品や写真資料に芦屋市美所蔵のものが散見します。
![]() 「コレクターの眼 枕」展の会場 |
芦屋市美の特性は、「具体」のコレクションを有し、戦後日本の前衛美術運動の作品や資料を体系的に調査・保存・研究、そして展示することが出来ることです。また「具体」作家をはじめとする芦屋市に関係する美術作家たちの作品や資料は、日本の近・現代美術研究の上でも貴重なのです。
ところで芦屋市美では「具体」の活動を柱に「芦屋市展」と「童美展」を毎年展開しています。1948年に吉原を中心として市内在住の美術家たちが集まり、芦屋市美術協会を発足させ、大人が対象の公募展である「芦屋市展」と、こどもたちの創作物が対象の「童美展」を開き、以後毎年開かれすでに58回を数えます。
「童美展」は、単にこどもの図画工作を美術館に飾るというだけではなく、美術館におけるこどもの造形の価値を再発見したと言えるのではないでしょうか。「具体」という前衛運動の思想を背景にしていたためで、吉原は1956年の「具体美術宣言」の中で「すべて未知の世界への果敢な前進を」と述べているように、子どもたちの可能性に期待を込めていたのです。
![]() 南天木彫枕(一藤二鷹三茄子)(江戸) |
このように日本の美術館には珍しく,芦屋市美には「具体」という明確なコレクションがあり,それを基盤とした活動があったのです。しかし今回の騒動の背景には、市民らが駅から遠く不便な立地と現代美術中心の展覧会を敬遠し、市民を代表する市議会などに一見理解しがたい前衛芸術に拒否反応があったのではと危惧されます。
このため来館者が伸び悩み、年間維持費1億5000万円に対し収益は800万円そこそこで赤字が続いていたことが大きな要因となったようです。広く国内外で評価されていた美術館の存亡とコレクションの散逸を惜しむ声が上がったのは当然といえます。教育委員会などの美術館運営、保有に関する意識は貧弱であり、市民グループ側も存続のための十分な対案を示せなかったのは否めません。
![]() 獣頭枕(清朝末期) |
今後の運営を任された明尾課長から前向きな話も聞けました。「NPOということで、これまで出来なかった新しい試みをやれるようになった」といいます。例えば有料の古美術骨董入門講座や古文書入門講座、さらには兵庫県下の業者が集い即売できる古書市なども催すといいます。これまで美術館に足が向かなかった人を呼び寄せたい意向です。
今年も12月初旬から「童美展」が開かれます。「今後とも市民らの学校教育や生涯教育のセンターとしての役割を担いたい」と明尾さん。「企画展についても、1年契約とはいえ、次年度のことも視野に入れなければなりません。具体の生資料や『大坂慕情』の企画展、昔の生活道具展などを頭に浮かべています」と意気込んでいます。
芦屋市美の今回の教訓は、芦屋市の問題にとどまらず、今後の日本の公立美術館の動向にも影響を及ぼすことは間違いありません。関係者に踏ん張ってほしいと願うばかりです。
次回は、「洋画の重鎮、芝田米三さんを悼む」です。
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アートへの招待状 発売日:2005年12月20日 定価:1,800円(税込) 発行:梧桐書院 |
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「大人の旅」心得帖 発売日:2004年12月1日 定価:本体1,300円+税 発行:三五館 |
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| 第一章 展覧会とその舞台裏から 第二章 美術館に行ってみよう 第三章 アーティストの心意気と支える人たち 第四章 世界の美術館と世界遺産を訪ねて |
「文化」は生きる「力」だ! 発売日:2003年11月19日 定価:本体1400円+税 発行:三五館 |
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夢追いびとのための不安と決断 発売日:2006年4月24日 定価:1,400円+税 発行:三五館 |
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夢をつむぐ人々 発売日:2002年7月5日 定価:本体1,500円+税 発行:東方出版 |
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| 第一章 いま問われる、真の豊かさ 第二章 「文化」のある風景と、未来への試み 第三章 夢実現のための「第二の人生」へ 第四章 「文化」は人が育み、人に宿る |
夢しごと 三蔵法師を伝えて 発売日:2000年12月21日 定価:本体1,800円+税 発行:東方出版 |
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