第80回 「夢の美術館 大阪コレクション展」に寄せて

国立国際美術館美術館での「夢の美術館」開幕レセプション

東京国立近代美術館で昨年夏、「モダン・パラダイス」と銘打った展覧会が開かれました。この展覧会には大原美術館の所蔵品が数多く出品され「東西名画の饗宴」が実現したのでした。そんな動きに刺激された訳でもないと思われますが、大阪では国立国際美術館と大阪市立近代美術館建設準備室、サントリーミュージアム[天保山]の共同企画「大阪コレクションズ」が展開中です。国立・公立・私立といった形態の枠を超え連携し、各館が所蔵する名品を貸し借りする特別展が、それぞれの館で開かれることは、美術館運営の新しい動向として注目されます。

3館の名作集めた共同企画展


ルネ・マグリット《レディ・メイドの花束》 1957年、大阪市立近代美術館建設準備室蔵

国立国際美術館で3月25日まで開催中の「夢の美術館」では、展示72点中35点が大阪市の所蔵品です。中でも大阪市のルネ・マグリッドの「レディ・メイドの花束」とアメディオ・モディリアーニの「髪をほどいた横たわる裸婦」は、場所を変えて何度か見ている有名な作品ですが、国立国際の広い会場で鑑賞すると格別です。他にもサルバドール・ダリの「幽霊と幻影」、ジョルジョ・デ・キリコの「福音書的な静物」など充実した内容です。

サントリー所蔵分では、パウル・クレーの「生け贄の獣」やキスリングの「青い服の婦人」など6点が出品されています。「生け贄の獣」は小さな作品ですが、画家特有の存在感に満ちています。バイオリニストになろうか悩んだほど音楽を愛好しただけあって、繊細な作品には味わいがあります。

開催館からは、20世紀を代表するバブロ・ピカソの「ポスターのある風景」やマルセル・デュシャンの「L.H.O.O.Q」などを出しています。「L.H.O.O.Q」はデュシャン展の時にも見ていますが、髭を生やしたモナ・リザで、反芸術運動の典型的な作品とされています。さらにポール・セザンヌやジュール・パスキン、アンディ・ウォーホルらの作品が並んでいます。


アメディオ・モディリアーニ《髪をほどいた横たわる裸婦》 1917年、大阪市立近代美術館建設準備室

パウル・クレー《生け贄の獣》1924年、サントリーミュージアム[天保山]蔵

それぞれの館で散発的にしか展示されなかった多彩な作品を、まとめて見ることができます。このところルーヴルをはじめプラド、オルセー、エルミタージュ、ベルギー王立、ポンピドー・センターと、世界のメジャーな美術館の名品展が目白押しですが、日本にある作品でも3館の連携で、20世紀美術の流れが俯瞰できるのです。

国立国際美術館の島敦彦学芸課長は、「何よりも身近なコレクションの魅力に触れてもらおうと企画した展覧会である。しかも、一つの美術館だけでは充分な厚みを持ちえないところを補い、より見応えのあるコレクション展が実現できるのではないか。ひいては、それぞれの美術館のコレクションの存在それ自体に興味を持ってもらう絶好の機会になるのではないか」と、展覧会図録で3館共同企画の趣旨を述べています。

身近にあった世界の名画


パブロ・ピカソ《ポスターのある風景》 1912年、国立国際美術館蔵

3館といっても、大阪市立近代美術館(仮称)は、21世紀には国立国際と同じ中之島地区に建設される構想でしたが、財政事情などもあって今だに棚上げ状態です。準備室では3000点以上の作品の展示場所を大阪南港のATCミュージアムなどを活用し公開をしてきたのでした。2004年秋以降は、閉鎖した出光美術館を借り心斎橋展示室として活動しています。

心斎橋展示室では、これまでに「モダニズム心斎橋」「旅するエキゾチシズム」「こんどは現代美術!」など工夫を凝らした企画展示を8本開催していますが、今回は国立国際と連動し、同じ3月25日まで「佐伯祐三とパリの夢」を開催しています。ここでは51点中、国立国際から3点、サントリーから22点が出品されています。


サントリーミュージアム[天保山]のコレクションが並ぶ大阪市立近代美術館心斎橋展示室

展示品は、大阪市のコレクションの目玉となっている佐伯祐三の作品18点が中心です。実業家の故山本發次郎氏から寄贈を受けたものです。佐伯は大阪に生まれ日本の洋画史に大きな地歩を築いたものの、わずか30歳の生涯をパリで閉じたのでした。当サイトの第51回で詳しく紹介していますが、2005年末に和歌山県立近代美術館で開かれた「佐伯祐三 芸術家への道」展に展示された作品との再会でもありました。

憧れのパリに移り住んだ佐伯が、里見勝蔵に同行してヴラマンクを訪問し、見せた作品を「アカデミズム!」と批判されたことが、大きな転機となったようです。そんな時期に描いた「立てる自画像」は、自ら顔の部分をナイフで削っています。激しい心の動揺を物語る作品で、強烈な印象を憶えます。


ジョルジュ・ルオー《女道化師》1937-38年、サントリーミュージアム[天保山]蔵

A.M.カッサンドル《北方急行》1927年、サントリーミュージアム[天保山]蔵

サントリーの主要コレクションであるポスター作品も楽しめます。アンリ・ド・トゥールーズ=ロートロックの「ディヴァン・ジャポネ」やアルフォンス・ミュシャの「ジョブ」、A.M.カッサンドルの「北方急行」などです。また国立国際所蔵で有名なピカソの「道化役者と子供」も身近に鑑賞できました。このほかクロード・モネやラウル・デュフィなど、パリを舞台に活躍した画家たちの足跡をたどる絶好の機会です。

時を同じくして、東京都港区の六本木にオープンした国立新美術館では、ポンピドー・センター所蔵作品の企画展「異邦人(エトランジェ)たちのパリ 1900−2005」を5月7日まで開催中です。大阪と東京の二つの展覧会を通じ、パリを彩った画家たちの才能と多様な美を堪能できました。ポンピドー・センターの所蔵作品がすばらしいのは当然として、地元の大阪に、世界の名画が数多く存在しているということも確認できます。

会場で大阪市立近代美術館建設準備室の菅谷富夫学芸員に、今回の共同企画などについて次のような話を伺いました。「美術館建設は遅れていますが、運営予算は付いていますので所蔵品の公開を続けていければと考えています。心斎橋展示室は都心部にあって利用しやすくなったのですが、会場のスペースや天井の高さなどに限界があります。国立国際でお見せできるのは、大きな意義があり、喜ばしいことです。今回の企画展は相乗効果もあり、約1ヵ月で1万人を突破しました」

夢に終わらせたくない美術館建設

なお「サントリーミュージアム[天保山]では、「20世紀の夢 モダン・デザイン再訪」を5月17日から7月1日まで開催します。もちろん大阪市と国立国際の所蔵品も展示されます。一連の共同企画は、いずれも「大阪コレクションズ」をサブタイトルにしているのをはじめ、図録の体裁もそろえています。さらに各展の半券を提示すれば、共同開催展を一回限り団体料金で入場できます。


佐伯祐三《パリ15区街》1925年、大阪市立近代美術館建設準備室

さて世の中は景気回復の一方で格差社会が取沙汰されるようになりました。美術館を取り巻く環境も、東京都などで美術館の作品購入予算を付けるなど「冬の時代」からやや改善しつつあります。しかし運営予算となると、「お家の事情」を反映し、格差が目立ってきました。

東京では六本木地区に森美術館に続き、延べ床面積約4万8000平方メートルの規模の国立新美術館やサントリー美術館も3月末に移築開館し、「美のトライアングル」として一大拠点となりつつあります。

一方、関西ではNPO組織(AMM=芦屋ミュージアム・マネジメント)に業務委託している芦屋市立美術博物館に続いて、伊丹市立美術館では指定管理者制度が導入され、学芸員を他部署へ異動するため、寄託品の返還問題が生じているなど深刻な情勢です。


佐伯祐三のコーナーでは「立てる自画像」のも展示

今回の3館の共同企画は、文化的に不毛とさえいわれる大阪でも、連携すればこれだけの総合力があるということをメッセージしたことでも意味があったといえます。また3館の展覧会の主タイトルにいずれも「夢」の文字があることも銘記しておきたいと思います。

かつて国立国際美術館の館長で兵庫県立美術館名誉館長の木村重信氏は、日ごろ「美術館や博物館は、ポンピドー・センターができてから、人々を楽しませるという性格が強くなってきた。単なる美の殿堂から多様なニーズに応えるamuseumとしてとらえ、展開すべき」と語っています。厳しい時代だけに、その運営も創意工夫が必要です。今回の共同企画は知恵を絞った新しい試みといえます。

最後に美術館建設構想が夢になりつつある大阪市立近代美術館(仮称)の基本計画に盛られた一説を書き留めておきます。

人々が日常生活の中に洗練されたスタイルを求める今日、感性に直接はたらきかけて充実した精神生活への扉を開く芸術に対する関心は、一段と高まっています。大阪市立近代美術館(仮称)は、優れた大阪の近代・現代美術を紹介するだけでなく、20世紀美術の体系を名作によって示し、わたしたちの精神文化の基盤を明らかにしようと考えています。そして21世紀の豊かな感性の誕生をうながし、新しい芸術活動の拠点となることをめざします。

次回は、「写真家・公文健太郎の道」です。


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しらとり・まさお
ジャーナリスト、朝日新聞社前企画委員。1944年、愛媛県新居浜市生まれ。中央大学法学部卒業後、日刊工業新聞社編集局を経て、1970年に朝日新聞社編集局に入社。広島、和歌山両支局で記者をした後、大阪本社整理部員。1989年に鳥取支局長、1991年に金沢支局長、1993年に大阪企画部次長に転じ、1996年から2004年まで企画委員を務める。編著書に、『アートへの招待状』(梧桐書院)『「大人の旅」心得帖』『「文化」は生きる「力」だ』(いずれも三五館)『夢をつむぐ人々』『夢しごと 三蔵法師を伝えて』『日本海の夕陽』(いずれも東方出版)、図録『山本容子の美術遊園地』『西遊記のシルクロード 三蔵法師の道』『ヒロシマ 21世紀へのメッセージ』(いずれも朝日新聞社)などがある。

アートへの招待状
発売日:2005年12月20日
定価:1,800円(税込)
発行:梧桐書院
 
「大人の旅」心得帖
発売日:2004年12月1日
定価:本体1,300円+税
発行:三五館
第一章 展覧会とその舞台裏から
第二章 美術館に行ってみよう
第三章 アーティストの心意気と支える人たち
第四章 世界の美術館と世界遺産を訪ねて
「文化」は生きる「力」だ!
発売日:2003年11月19日
定価:本体1400円+税
発行:三五館
         
夢追いびとのための不安と決断
発売日:2006年4月24日
定価:1,400円+税
発行:三五館
夢をつむぐ人々
発売日:2002年7月5日
定価:本体1,500円+税
発行:東方出版
第一章 いま問われる、真の豊かさ
第二章 「文化」のある風景と、未来への試み
第三章 夢実現のための「第二の人生」へ
第四章 「文化」は人が育み、人に宿る
夢しごと 三蔵法師を伝えて
発売日:2000年12月21日
定価:本体1,800円+税
発行:東方出版
         


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