第88回 ダ・ヴィンチ展とモネ展

「ダ.ヴィンチ展」会場の東京国立博物館

格差社会は展覧会市場にも顕著です。目下、「勝ち組」を演出している二つの展覧会があります。一つは、閉幕間際の「レオナルド・ダ・ヴィンチ―天才の実像」(東京国立博物館、朝日新聞社など主催)が75万人を超えました。もう一つは、7月2日まで開催の「大回顧展 モネ」(国立真美術館、読売新聞社など主催)で、こちらも50万人を突破するのは確実となっています。集客の秘訣は一にも二にもルネサンスの巨匠、ダ・ヴィンチと、印象派の巨匠、モネの知名度に加え、「ダ・ヴィンチ展」はNHKが共催し、「モネ展」には日本テレビが後援するなど、メディアによるPR作戦が効を奏しているといえます。

万能の原点となった「受胎告知」


「受胎告知」Su concessione del Ministero per i Beni ele Attività Culturali

対照的な両展覧会の内容や鑑賞した印象などについて紹介します。

まず「ダ・ヴィンチ展」の特徴は、絵画作品として名画「受胎告知」(1472-73)1点のみの出品です。とはいえ日本初公開の上、『ダ・ヴィンチ・コード』がベストセラーになった直後だけに、この目玉1点で人を呼べるのです。


「受胎告知」のある第一会場(東博本館特別5室)以下4枚主催者提供

ダ.ヴィンチの思考を探る第二会場(平成館展示室)

[参考図版]レオナルド.ダ.ヴィンチ「ラ・ジョコンダ(モナ・リザ)」背景の風景画部分(ルーヴル美術館)

レオナルド・ダ・ヴィンチ(1452-1519)は、下絵や素描などは数多く遺していますが、絵画となると10数点で、しかも未完成品が多いのです。しかし万能に長けており、「モナ・リザ」(1503-06または1514、ルーブル美術館)や「最後の晩餐」(1495-97、サンタ・マリア・デレ・グラツィエ修道院)があまりにも有名です。

「受胎告知」は、一人前の画家として認められたばかりの20歳ごろのダ・ヴィンチが渾身の力を傾けて描いた初期の傑作です。均衡のとれた構図に卓越した技量が見て取れます。とりわけマリアの背後に描かれた山は、はるか遠くに存在するように見せる「空気遠近法」という技法を取り入れ、後の「モナ・リザ」の幽玄な背景につながる、との専門家の解説に納得しました。

この名画は、イタリア・フィレンツェにあるウフィツィ美術館に所蔵されています。1591年から部分的な公開が始まったヨーロッパ最古の美術館の一つで、イタリア国内の美術館としては収蔵品の質、量ともに最大です。1982年には世界遺産の一部(フィレンツェ歴史地区)にも認定されています。

ウフィツィ美術館には2004年に訪れましたが、平日なのに行列に並んで鑑賞したのでした。「受胎告知」は15室に展示され、ラファエロの「ヒワの聖母」、ボッティチェリの「ヴィーナスの誕生」「春」と並び、最重要作品として展示されていたのを思い出します。

今回の展示は、今年1月まで同館で開催された企画展をベースにして、日本向けに再構成しています。「受胎告知」の他では、ダ・ヴィンチの作と伝えられる「少年キリスト像」(15世紀ころ、ローマのカラン・コレクション)も展示されています。しかし展示の大半は、至高の絵画を生み出す思考の展開を映像や模型、多様な資料によって探っていました。


「ウィトルウィウス的人体:人体均衡図」のビデオから

ダ・ヴィンチは、解剖学をはじめ幾何学、光学、天文学、植物学、鉱物学、兵器製造から都市計画などあらゆる学問を研究した天才です。今回の展示では、8000ページ以上も残された「手稿」研究を手がかりに、設計図や構想図などを見やすく描き起こし、立体化した模型やコンピューター・グラフィックによる映像を駆使して、「知の巨人」の実像に迫る試みです。

数少ない絵画作品ながら、謎の微笑をたたえる「モナ・リザ」など後世に議論を巻き起こす、ダ・ヴィンチの一端を知る機会となりました。同時に「絵画は科学であり、知識を伝達する手段」とのダ・ヴィンチの奥深い言葉が、少しは理解できました。

内外から100点集めた大回顧展

一方、「モネ展」は、フランスのオルセー美術館をはじめ、アメリカのメトロポリタン美術館、ボストン美術館など国内外の主要なコレクションから約100点を集めた、文字通りの大回顧展です。会場を巡回していて「よくぞ、これほど世界の美術館から借りられたものだ」と感心させられました。


「モネ展」会場の国立新美術館

モネの作品は、オルセー美術館で数多く見たのをはじめ、大原美術館、アサヒビール大山崎山荘美術館などでも鑑賞しています。とりわけ2001年に「きらら博」の一環として山口県立美術館が総力をあげて取り組んだ「クロード・モネ展」が印象に残っています。この時でも50点余でしたから、今回の大回顧展には驚かされました。

クロード・オスカル・モネ(1840-1926)は、10代から劇画や諷刺画を描いて小遣い稼ぎをしていたといいます。その頃、海景画家のブーダンに出会い、風景画制作に目覚め、積極的に戸外制作をしました。光は刻々と変化し、それによって対象の色彩も変わることに着目し、対象が持つ固有の色の観念を捨て、自由な色彩で空間表現を取り入れたのでした。


「日傘の女性」1886年、オルセー美術館 Photo:RMN

広く愛される「印象派」という名称は、1874年に開かれた同業展で「日の出」と名付けた作品を、直前になって「印象・日の出」に変え出品したのが発端になったといわれています。これを見た美術記者が「印象主義」と揶揄したことから、後に「印象派」が定着したのです。

今回の展覧会では、10代から晩年までの作品を、青春時代を過ごしたル・アーヴルやパリとその近郊での「近代生活」、そして光輝く草原や明るい太陽を反射する水面を描いた「印象」、浮世絵版画をはじめ近景遠景の対比、俯瞰などの手法で描いた「構図」、対象を限定し光の移ろいを捉える「連作」、晩年、自宅に花の咲き乱れる庭と睡蓮の浮かぶ池を造園し制作した「睡蓮/庭」の5つのセクションに分け、展示しています。

モネの独自性は1883年から43年間移り住んだジヴェルニーで、多くの連作を試みていることです。「積みわら」「ルーアン大聖堂」「ポプラ並木」、そして集大成ともいえる「睡蓮」をテーマに、時間に応じて変貌する様相を描きととどめたのでした。会場では、200点を超すとされる「睡蓮」が8点、約25点あるとされる「積みわら」が4点出品されています。


「積みわら 雪の朝」1891年、ボストン美術館 Photo: Museum of Fine Arts, Boston

こうした展示の中で、注目したのは、チラシにもなっている「日傘の女性」(1886年、オルセー美術館)です。人物も風景の一部として捉えられ、日傘の陰になっている女性の顔の表情があいまいに描かれているのが特徴です。女性の首に巻かれたストールや青空の雲の描き方で風の流れを感じさせます。

「睡蓮」は、晩年にかけライフワークとなったシリーズです。水面に浮かぶ花睡蓮の花を描きながらも、水面に映る倒立の風景、水中の水草の情景なども描き込んでいます。しかし光の具合で微妙に描き分け、見飽きません。フランスのオランジュリー美術館では、「睡蓮」の大装飾画が横長に、また楕円形に配置されているとのことです。モネの世界を体感できそうで、一度訪ねたいものです。


「睡蓮」1907年、ポーラ美術館(ポーラコレクション) 写真財団法人ポーラ美術振興財団

「睡蓮」1914-1917年 (アサヒビール株式会社)

このほかにも、名高いオルセー美術館所蔵の「モントルグイユ街、1878年パリ万博の祝祭」(1878)「サン=ラザール駅」(1877)「かささぎ」(1868‐69)「ゴーディベール夫人」(1868)なども出品されています。

さらに、モネの対象の把握の仕方や体感的画面、構成などは数多くの芸術家たちに影響を与え、抽象表現主義やアンフォルメルが生まれます。モネに触発された20世紀の現代作家たちの作品約20点も展示しています。

なお展覧会は終盤となり、6月14日以降、毎週木、金曜日に午後8時まで開館しており、30分前まで入館できます。

展覧会も東京一極集中進む

今回「受胎告知」が展示される東京国立博物館本館特別5室(通称「特5」)は、1965年に「ツタンカーメン」、1974年に「モナ・リザ」、そして1999年にドラクロワの「民衆を導く自由の女神」など、世界の至宝を飾ってきた歴史的場所です。

「モナ・リザ展」は、東京国立博物館と文化庁の共催で、いわば国家的事業で実現したもので、入場者は150万人を超え、一会場での新記録となっています。何しろ最終日には6万人以上が押し寄せ本館前を埋め尽くすなど、話題騒然となったのでした。

朝日新聞社が主催した「ツタンカーメン展」は三会場合わせ293万人の大記録を樹立していますが、一会場としては東博での約130万人、同じく朝日の「ミロのビーナス展」(1964、国立西洋美術館)が約83万人となっています。


「モントルグイユ街、1878年パリ万博の祝祭」1878年、オルセー美術館 Photo:RMN

美術展で一会場100万人を突破したのは過去の語り草で、現在では50万人の壁すらなかなか超えられないのです。今回の「ダ・ヴィンチ展」、「モネ展」は久々の快挙といえます。しかし両展とも東京だけの開催で、展覧会事情でも一極集中の感がします。

「モネ展」が開かれた国立新美術館は延べ床面積4万8000平方メートルのマンモス美術館で今年1月にオープン、さらに3月には、同じ六本木地区にサントリー美術館が移築開館し、既存の森美術館と合わせ一大アート拠点となっています。

一方、「負け組」とまでは一概に言えませんが、地方の美術館は財政削減もあって徐々に指定管理者制度の導入がじわじわ浸透しています。日本博物館協会のアンケート集計によると、2006年6月時点で回答のあった479館のうち138館がすでに導入ないし導入を決めています。かつて朝日新聞社時代に展覧会を共催した高知県立美術館や広島市現代美術館、伊丹市立美術館なども移行しました。

指定管理者制度はもちろん利用者サービスの向上も目的とされていますが、経費節減による効率化と相反します。展覧会企画の新聞社なども収益性を重視する傾向が強まっています。受け入れ条件が厳しく観客動員の見込めない地方には、経費のかさむ大型企画展の巡回はますます難しくなっているのが現状です。

次回は、「彩都メディア図書館の試み」です。


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しらとり・まさお
ジャーナリスト、朝日新聞社前企画委員。1944年、愛媛県新居浜市生まれ。中央大学法学部卒業後、日刊工業新聞社編集局を経て、1970年に朝日新聞社編集局に入社。広島、和歌山両支局で記者をした後、大阪本社整理部員。1989年に鳥取支局長、1991年に金沢支局長、1993年に大阪企画部次長に転じ、1996年から2004年まで企画委員を務める。編著書に、『アートへの招待状』(梧桐書院)『「大人の旅」心得帖』『「文化」は生きる「力」だ』(いずれも三五館)『夢をつむぐ人々』『夢しごと 三蔵法師を伝えて』『日本海の夕陽』(いずれも東方出版)、図録『山本容子の美術遊園地』『西遊記のシルクロード 三蔵法師の道』『ヒロシマ 21世紀へのメッセージ』(いずれも朝日新聞社)などがある。

アートへの招待状
発売日:2005年12月20日
定価:1,800円(税込)
発行:梧桐書院
 
「大人の旅」心得帖
発売日:2004年12月1日
定価:本体1,300円+税
発行:三五館
第一章 展覧会とその舞台裏から
第二章 美術館に行ってみよう
第三章 アーティストの心意気と支える人たち
第四章 世界の美術館と世界遺産を訪ねて
「文化」は生きる「力」だ!
発売日:2003年11月19日
定価:本体1400円+税
発行:三五館
         
夢追いびとのための不安と決断
発売日:2006年4月24日
定価:1,400円+税
発行:三五館
夢をつむぐ人々
発売日:2002年7月5日
定価:本体1,500円+税
発行:東方出版
第一章 いま問われる、真の豊かさ
第二章 「文化」のある風景と、未来への試み
第三章 夢実現のための「第二の人生」へ
第四章 「文化」は人が育み、人に宿る
夢しごと 三蔵法師を伝えて
発売日:2000年12月21日
定価:本体1,800円+税
発行:東方出版
         


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