![]() クレムリンの外観 (C)Overchenko Valentin |
世界の文化財や文明を知る展覧会が大阪で同時開催されています。国立モスクワ・クレムリン博物館の収蔵品230点をまとめて日本で初めて公開する「ロシア皇帝の至宝展」が国立国際美術館で開催中です。また50年ぶりという「ペルシャ文明展」は、エジプトからインド、中央アジアまで支配したアケメネス朝ペルシャ(前550−前330年)を中心とした出土品200余点を大阪歴史博物館で展示中です。ともに9月17日までで、いずれも大阪が巡回の最終会場となっています。異文化を学ぶいい機会になりました。展覧会の内容を紹介するとともに、昨年9月に訪ねたクレムリンのことや、ペルシャ文明を語り伝えるイランの知人のことなども触れておきます。
クレムリンの逸品初めて公開
![]() イコン「憐れみの聖母」 (C)Moscow Kremlin Museums |
![]() 「皇帝の威厳を示すひしゃく」 (C)Moscow Kremlin Museums |
色とりどりのネギ坊主が林立するクレムリンはエキゾチックな建物群です。赤い城壁に囲まれた敷地内に宮殿や聖堂、鐘楼があります。赤の広場を含めたこの地域は世界遺産でもあり、建築美に圧倒されました。「武器庫」と呼ばれる博物館は、28万平方メートルもの広大なクレムリンの一角にありました。外観や入口の構えからは、そこに歴代皇帝らの秘宝が所蔵されているとは想像できませんでした。入場制限するほどの観光客で、豪華な馬車陳列に目を奪われました。今回展示された金銀装飾品やイコン(聖画像)など何点かは「武器庫」で目にしていたのではと思われます。
クレムリン博物館には10万点の所蔵品があるそうです。展覧会には各種工芸品と宝飾品、イコンや絵画、テキスタイルなどが、ほぼ時系列に7つの章に分け展示されていました。会場に入ると、まず陳列ケースに収まった大きな鍵が目に止まります。「モスクワ・クレムリンのスパスキー門の鍵」です。長さが37・5センチとのことです。頭部の先端には王冠や十字架をあしらっています。1834年に錠が取り付けられ、この鍵は警備司令局に引き渡され50年以上保管されていたとか。まるで「これから秘宝の扉を開けます」といった演出です。
第1章はウラジーミル公国時代です。今でこそ世界有数の首都モスクワは最初、国境付近の小さな要塞でした。そのスパスキー門近くで1988年に遺宝約300点が出土したそうです。ここでは肩飾りの「メダイヨン」や腕輪、女性用頭飾りなど装飾品が展示されています。第2章の14−15世紀では、イコン「ボゴリューブスカヤの聖母」のオクラドの王冠が目を引きます。金やサファイア、エメラルドなどの宝石がちりばめられています。幼いキリストを抱きかかえるイコン「憐れみの聖母」も印象に残りました。いずれも14世紀後半の作です。
![]() 「ボゴリューブスカヤの聖母」のオクラドの王冠 (C)Moscow Kremlin Museums |
第3章は16世紀で、イワン4世が1547年に皇帝に就き、モスクワは強大な首都となります。この章では豪華な表紙の福音書や金の「ひしゃく」などが目立ちました。第4章は17世紀で、経済事情が悪化し、動乱の時期です。しかしロマノフ王朝が成立し、諸外国から献上品が集まったのでした。イラン製の「兜」や「盾」、トルコ製の「サーベル」や「長杖」があり、これらは祝典や儀式に用いられたようです。「宝座上の十字架」は金や宝石、真珠で作られた逸品でした。
第5章は18世紀で、首都はサンクトペテルブルグに遷されますが、モスクワは文化の中心地として発展します。黄金に輝くイコン「カザンの聖母」に目を奪われました。第6章は19世紀に入り変革の時代で、芸術においても国民的独自性を表現する傾向が強まっています。この章では「モスクワ・クレムリンエッグ」が展示されています。この展覧会の目玉の一つで、一九〇六年の復活祭に皇帝ニコライ2世が皇后に贈ったとされています。
![]() 「兜」 (C)Moscow Kremlin Museums |
![]() 「モスクワ・クレムリンエッグ」 (C)Moscow Kremlin Museums |
最後の第7章は「絵画と版画におけるクレムリンのイメージ」と題され、「モスクワのクレムリンとカーメンヌイ橋の眺め」(油彩)や「大クレムリン宮殿のアンドレイの間(多色石版画)、「武器庫の武器の間」(水彩)などが出品されていました。これらの展示品を通して、12−20世紀の800年に及ぶ歴史と文化の中から生まれた名品の数々には、人間のあくなき美へのこだわりが見てとれました。
「帝国文明」の栄華伝える遺品
一方、イランは訪れたことのない国です。1979年に起こったルーホッラー・ホメイニー師を指導者とするイスラム教反体制勢力が政権を奪取したイラン革命のことは、当時新聞社の整理部で外電などを扱っていて鮮烈に記憶しています。近年、日本・イラン文化交流協会のメンバーであるアナビアンさん母娘と知り合い、イランへの関心を高めている時に、「ペルシャ文明展」が催されたのでした。
ペルシャの歴史は、先史時代を含めると約7000年前に遡ります。紀元前6世紀に興ったアケメネス朝ペルシャは、広大な領土を支配する「帝国文明」を誇り、当時の世界最高の水準を誇る建築をはじめ、美術、工芸品を伝えたのです。金属加工技術の粋を集めた金製品に目を見張ります。3世紀に興ったササン朝ペルシャは、地中海と東アジアを結ぶユーラシアの東西の拠点となり、東大寺正倉院に伝わる切子ガラスや狩猟文皿など日本にも大きな影響を与えました。
今回の展覧会は、2部構成で、まず1部が「イラン最古の都市群」として、帝国文明以前のペルシャ先史時代のユニークな造形美に光をあてています。前5000年紀に造られた色鮮やかな彩文土器は、赤い地に黒色顔料で幾何文や動物文が描かれています。横一列に連なる動物意匠はかなり様式化されており、当時もっとも身近にいた家畜動物の羊か山羊と思われます。
![]() 世界遺産に指定されているペルセポリス ( ダリア・アナビアンさん提供) |
イラン高原北西部の前1000年紀には、こぶ牛や鹿などの動物をかたどった形象土器が作られ、ユニークな姿や表情をたたえています。液体を注ぐのに工夫された注口部と、丁寧に磨かれ光沢を放つ器が特徴的です。中でも「こぶ牛形土器」(前1500−800)は、副葬品なのかギーラーン州の古墓より出土したそうです。
![]() 「こぶ牛形土器」 (C)National Museum of Iran |
![]() 「ダレイオス1世の銀製定礎碑文」 (C)National Museum of Iran |
![]() 「有翼ライオンの黄金のリュトン」 (C)National Museum of Iran |
![]() 「円形切子碗」 (C)National Museum of Iran |
紀元前1000年ごろから金・銀・銅器などが現れます。金属工芸の先進地として発展しメソポタミア文明へ鉱産資源を運ぶルートにもなったようです。「銀製円盤」は、有翼の山羊とグリフィンが左右対称に配置されています。「洞窟遺宝」と呼ばれるものの一つに「黄金のマスク」などがあります。「洞窟遺宝」とは、1988年に盗掘された大量の美術品で、治安維持軍が押収して知られることとなったそうです。
青銅器も古いもので前3000年紀の短剣から戦士像や斧などが多数出されています。「飾り板」(前900−700)は精巧な細工が施されています。さらに装身具も多彩で、円筒と球、卍形を組み合わせた独特の金製首飾りもあります。印章も紀元前3200年もの昔は円筒で、転がして使用しており、興味を覚えました。
2部は「ペルシャの帝国文明」です。アケメネス朝ペルシャで最大の領土を誇ったダレイオス1世(前522-前486年)は、帝国の富を象徴する大宮殿ペルセポリスの造営を指示したのです。その権力で、エジプトからインドにいたる領内から職人を集め、写実的で豊かな装飾品の数々を造らせたと思われます。
世界遺産となったペルセポリスから出土した彫像などイラン国立博物館の所蔵品を中心に出品されています。アケメネス朝ペルシャでは帝国の栄光を伝えるペルセポリスの出土品、「黄金のリュトン」を中心とする煌めく数多くの金製品と、ササン朝ペルシャのガラス器や銀器を展示しています。
「ダレイオス1世の銀製定礎碑文」は、「偉大なる王ダレイオス、王の中の王、諸国の王…」との書き出しで始まり、ペルセポリスの造営を指示したダレイオス1世の権勢を如実に示しています。金製と銀製の2種類があり、金銀ともに、古代ペルシャ語、バビロニア語、エラム語の文字で同じ内容が書かれてあり、諸国の使節が訪れた謁見の間で、石の箱に入って発見されたそうです。
この展覧会のポスターやチラシなどに使われ目玉の展示品は「有翼ライオンの黄金のリュトン」です。リュトンとは「流れる」を意味するギリシャ語から派生した名称で、主に酒器として使われたようです。先端部が「有翼ライオン」の上半身で表され、上部には東地中海域の影響と考えられるロータス(睡蓮)文が連続して表されています。アケメネス朝の工芸品を代表する逸品です。
またアケメネス朝の遺品として「黄金の杯」は、くびれのある金製杯で、くびれ部には楔(くさび)形文字の銘文、くびれより下部には菊花状の花弁文様が施されています。このほか、柄頭にライオンが背中合わせにデザインされている「黄金の短剣」、青色の鮮やかな「ラビスラズリ製の円盤の破片」や「有翼ライオンの装飾鉢」など見飽きません。
アケメネス朝ペルシャを引き継いだササン朝ペルシャは、シルクロードの中継地として東西文明の交流に大きな役割を果たしています。ササン朝ペルシャ王で、最長の在位年を誇り、その東方遠征に偉業のあったシャプール2世の胸像はイラン高原南部のファールスから出土されたものです。「帝王狩猟」を描いた銀製皿は、ライオンやクマなどの猛獣を、疾駆する騎馬の王が捕獲する場面で銀盤に表現しています。
興亡の歴史の果て「祖国」は…
![]() 「ペルシャ文明展」の会場では写真展示も |
ペルシャ文明の悠久の歴史をたどる上で、文化財は何よりの教材です。年表や文献だけでは理解が不十分です。多様なデザインの工芸品や、今も輝きを失うことがない金製品を見ていると、紀元前の出土品とは思えません。ササン朝のガラス「円形切子碗」は、後ほど図録で見た正倉院宝物の「白瑠璃碗」と瓜二つです。制作年代や制作地は不明でもシルクロードを通じ日本がペルシャと結ばれている証左と言えます。
しかしその偉大な歴史を持つペルシャも歴史の興亡を経て、イランはイスラムの革命政権を引き継いでいるのです。イラン人のダリア・アナビアンさんは父がイスラエル人で、敵対する両国に「霧の彼方に消えた祖国」と嘆いています。母のサントゥール演奏家のプーリー・アナビアンさんの公演の度に、スライドを見せながら、祖国の現状を訴えています。
バビロニアを征服し、アケメニス朝ペルシャ帝国を築いたキュロス2世は、征服したそれぞれの地域の伝統や、しきたり、言語、宗教を尊重し、そのまま認めて寛容な政策で統治し、巨大な異文化共存国家を形成したのです。一つの政府の下で、異文化や多宗教が共存し、異なった民族が豊かな文化と経済を発展させたのでした。ダリア・アナビアンさんは私にこんな言葉を投げかけています。
古代ペルシャが創り上げた異文化共生の理念こそ、国や宗教の争いがますます混迷してゆく現代に必要なもの。戦争、テロ支援国家、核疑惑、イスラエル破壊宣言、そんなイメージは、イラン。
次回は、「韓国の高句麗遺跡再訪」です。
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アートへの招待状 発売日:2005年12月20日 定価:1,800円(税込) 発行:梧桐書院 |
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「大人の旅」心得帖 発売日:2004年12月1日 定価:本体1,300円+税 発行:三五館 |
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| 第一章 展覧会とその舞台裏から 第二章 美術館に行ってみよう 第三章 アーティストの心意気と支える人たち 第四章 世界の美術館と世界遺産を訪ねて |
「文化」は生きる「力」だ! 発売日:2003年11月19日 定価:本体1400円+税 発行:三五館 |
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夢追いびとのための不安と決断 発売日:2006年4月24日 定価:1,400円+税 発行:三五館 |
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夢をつむぐ人々 発売日:2002年7月5日 定価:本体1,500円+税 発行:東方出版 |
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| 第一章 いま問われる、真の豊かさ 第二章 「文化」のある風景と、未来への試み 第三章 夢実現のための「第二の人生」へ 第四章 「文化」は人が育み、人に宿る |
夢しごと 三蔵法師を伝えて 発売日:2000年12月21日 定価:本体1,800円+税 発行:東方出版 |
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