トプカプ宮殿内からマルマラ海を望む
第96回 「美の力」トプカプ宮殿の至宝

アジアとヨーロッパにまたがるトルコのイスタンブールは古くから軍事的な要衝の地でした。トプカプ宮殿は両大陸の接点にあるボスポラス海峡を望み、金角湾、マルマラ海に面して建設されています。15世紀半ばから20世紀初頭にかけて広大な領土を支配したオスマン朝の君主(スルタン)の居城として栄えたのでした。その「トプカプ宮殿の至宝展〜オスマン帝国と時代を彩った女性たち〜」が12月2日まで京都文化博物館で開催中です。スルタンの絶大な権力を象徴する遺品を鑑賞するとともに、その支配構造へも目を向けたいと感じました。


宮殿の厨房のあった部屋に陳列されている日本の有田焼や伊万里焼の名品 (C)Topkapi Place Museum

400年君臨したスルタンの居城

イスタンブールのことは、昨年末にトルコ16日間の旅を楽しんでから10ヵ月足らずで、なお強く印象残っています。いくつもの文化・文明が交差し重層化してきた遺跡の宝庫、トルコへの旅については、このサイトの第79回で「トルコ世界遺産考」として書き込んでいます。今回は、最終日に1日かけて駆け回ったトプカプ宮殿を中心に触れておきます。

午前中にスルタンアフメット地区に集中するスルタンアフメット・ジャミィ(ブルーモスク)と、ギリシャ正教の大本山からモスクに変えられたアヤソフィア(現在は博物館)を見学し、威容を誇るイスラム世界の建物に圧倒されただけに、トプカプ宮殿の建物自体には驚きませんでした。フランスのヴェルサイユやロシアのエルミタージュのような華やかさはなく、地味なものでした。


「トプカプ宮殿の至宝展」開会式でのテープカット

といっても、20万坪もある広大な敷地で、皇帝の門をくぐると第一庭園があり、チケット売り場の先に送迎門があって、ここから入場し第二庭園、さらに奥に第三、第四庭園が広がっています。宮殿は国政の場である外廷と、スルタンの私生活の場である内廷、さらに女性たちの秘められた後宮(ハレム)から構成されています。全盛期には敷地内に4000人が居住していたと言います。

第二庭園の南側に連なる長い建物は、かつて厨房のあった所です。ここに陶磁器展示室があり、中国の宋、元、明の名品を中心に日本の有田や伊万里も数多く展示されていました。中国陶磁器のコレクションは北京、ドイツのドレスデンに次ぎ世界第三といわれ、1万2000点もあるそうです。


「ターバン飾り」(以下作品写真は主催者提供) (C)Topkapi Place Museum

「礼装用兜」 (C)Topkapi Place Museum

さらに進むと、第三庭園を囲むように衣装、宝物館、細密画・スルタンの肖像画、時計、宗教遺品などの展示室があります。財宝を集めた宝物館は近年改装され、4つの部屋にテーマごとに展示品数を190点に絞って展示していますが、随時、入れ替え展示をしているとのことでした。

トルコに関しての展覧会としては、2002年2月に福岡市博物館で「大トルコ展―文明と美術―」を、2003年12月にも大阪歴史博物館で「トルコ三大文明展」を鑑賞しています。この時に目にした「エメラルド入り短剣」は黄金製で、柄に重さ3キロものエメラルドを填め込まれており、映画「トプカピ」でこれを盗み出す設定で有名になったものでした。

オスマン朝は一度も攻撃を受けなかったため、膨大な秘宝が遺されたのです。宮殿の外観はともかく、約400年も君臨した歴代スルタンとハレムの女性たちの生活は、その住まいの内装や衣服、調度品にいたるすべてが豪華な装飾に満ち、贅を尽くしたものでした。

「金のゆりかご」を特別出品

今回の展覧会は、トプカプ宮殿博物館とトルコ・イスラム美術博物館所蔵の約140点の出品で見ごたえがありました。現地で買い求めた図録と見比べましたが、「エメラルド入り短剣」と並ぶ国宝級の至宝として「ターバン飾り」が出品されていました。スルタンが頭衣に付けた装飾品です。使用された世界最大級のエメラルドは262カラット、200個のダイヤモンドは計500カラットといわれ、金やルビー、真珠に羽毛などをちりばめた豪華なものです。


「金のゆりかご」 (C)Topkapi Place Museum

「金のゆりかご」を前に記念撮影する開会式に出席したトルコの関係者

またスルタンが着用したと思える豪華な「礼装用兜」も出品されています。鉄製の兜に金の唐草模様が施され、ルビーやトルコ石を随所にあしらっています。前立には「神は唯一であり、ムハンマドはその使徒である」とのイスラムの信仰告白文が象嵌されています。

さらに目玉の一つに「金のゆりかご」が、特別出品されています。木製ですが、金板で覆い、ダイヤモンド、エメラルド、ルビーを嵌め込んでいます。オスマン帝国では、王子が産まれるとお祝いとしてゆりかごを献上する儀式があるそうです。今回、秋篠宮家に悠仁親王が誕生したお祝いとして、東京都美術館に続いて京都会場でも公開されたのです。

このほかにも、いくつかの見どころがあります。スルタンが愛した東洋の美として中国陶磁器の逸品が出品されています。現地では数多くの陶磁器を見ましたが、今回は代表的な明代・龍泉窯の「青磁刻花蓮文大皿」、「青磁欄干文水注」や、明代・景徳鎮窯の「染付扁壺形水筒」、「染付象形水注」などが出品されていて、金銀器に優る光彩を放っています。

もう一つの見どころは、今回のテーマともなっている優雅なハレムの世界を想像させる品々です。宮廷生活を彩った女性たちはファッションの先端をゆく衣服を身にまとい、装飾品で着飾り、スルタンのおめがねにかなうように、美しく見せるための生活に明け暮れていたのです。


「青磁刻花蓮文大皿」 (C)Topkapi Place Museum

「ベールを被る女性像」 (C)Topkapi Place Museum

「象牙製化粧箱」 (C)Topkapi Place Museum

「アブデュル・ハミトT世像」 (C)Topkapi Place Museum

「チューリップ文様カフタン」 (C)Topkapi Place Museum

宮廷画家が描いた「ベールを被る女性像」に、その一端が窺えます。展示品には、赤い絹地に金糸をあしらった「王女用刺繍ブーツ」や「ホトズ(女性用円筒形頭衣)」、豪華な「象牙製化粧箱」「ネックレス」や、「刺繍スカーフ」「子供用かけ布団」などもあります。

スルタンの肖像画「アブデュル・ハミトT世像」、スルタンが着用したとされる絹製の「チューリップ文様の儀式用カフタン(長衣)」、装飾を施した「火打石銃」「弓」「矢」「斧」などの武具も各種展示されています。

宮廷生活の贅沢は日常にも及び、金銀宝石をあしらった「宝飾コーヒーカップ受け」をはじめ、本体・柄とも金製や、本体がべっ甲製で柄は銀製の「宝飾スプーン」、「宝飾水注・水盤」などの食器、楽器、テーブルなどを用いていたのです。これら調度品の工芸的な美と輝きにため息が出ます。

統治システムにハレムと豪勢さ

ハレムはアラビア語でハラム(聖域)とか、ハリム(禁じられた)を語源としていて、ベールに包まれた場所とされています。現地では別料金で入場できますが、一部しか公開されていません。一時は400の部屋に1000人もの女性が暮らしていたといいます。これらの女性は奴隷市場で選ばれ買われたそうです。

このハレムにこそ、オスマン帝国繁栄の秘密があったのかもしれません。女性たちはイスラム教に改宗され、宮廷教育を受けます。スルタンに寵愛された女性には特別室が与えられ、王子を出産すると厚遇を受け、その中からスルタンになると、母后として絶大な権限が与えられたのでした。ハレムは世継ぎを得るための統治システムとも言え、まさに約600年続いた江戸幕府の大奥に類似しているのです。

トプカプ宮殿はスルタン・メフメットU世が1465年にビザンツ帝国のコンスタンティノープルを陥落させ造営を始めたとされています。13世紀末、アナトリア西北部でオスマンなる人物に率いられたムスリム・トルコ系の集団が次第に勢力を拡大し、ビザンツ帝国を征服してからはアナトリアとバルカンの大半を支配する大帝国になったのです。

この軍事大国を誇示するのに役立ったのが、「美の力」だったとも言われているのです。現在、宮殿の至宝中の至宝の「エメラルド入り短剣」は、敵国イランの君主に送るために制作したもので「豪奢をもって威服すれば、戦うより安くつく」という帝王学に拠ったとされています。

今回の展覧会の図録に執筆しているオスマン帝国専門の鈴木董・東京大学東洋文化研究所教授は、NHKの新日曜美術館で「世界から優秀な職人を集め、世界中から材料を取り寄せて、宮殿の工房で金に糸目をつけず最上級のものを作らせたのです。オスマン帝国は軍事力とともに豪勢さで他国を圧したのです」と裏づけていました。

権勢を誇ったオスマン帝国も1918年、イギリス・フランスなどの連合軍の上陸を許し、メフメットY世が帝位を守ることで屈服したのです。帝国はこれにより領土は分割再編され、アナトリアとギリシャにはさまれた小さな国になったのです。そしてアナトリアの独立と保全の戦いを指揮したムスタファ・ケマルによって、新たにトルコが生まれたのです。当然ながらスルタン制は廃止され、帝国は消滅しました。

トプカプ宮殿に遺された財宝は、オスマン帝国の野望の結晶であるとともに、トルコ民族が生み出したイスラム文明の精華でもあるわけです。

なお展覧会は京都会場後、12月11日から2008年2月11日まで名古屋市博物館に巡回します。

次回は、「インカ・マヤ・アステカ展に寄せて」です。


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しらとり・まさお
ジャーナリスト、朝日新聞社前企画委員。1944年、愛媛県新居浜市生まれ。中央大学法学部卒業後、日刊工業新聞社編集局を経て、1970年に朝日新聞社編集局に入社。広島、和歌山両支局で記者をした後、大阪本社整理部員。1989年に鳥取支局長、1991年に金沢支局長、1993年に大阪企画部次長に転じ、1996年から2004年まで企画委員を務める。編著書に、『アートへの招待状』(梧桐書院)『「大人の旅」心得帖』『「文化」は生きる「力」だ』(いずれも三五館)『夢をつむぐ人々』『夢しごと 三蔵法師を伝えて』『日本海の夕陽』(いずれも東方出版)、図録『山本容子の美術遊園地』『西遊記のシルクロード 三蔵法師の道』『ヒロシマ 21世紀へのメッセージ』(いずれも朝日新聞社)などがある。


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第一章 日本で見た世界の名画
第二章 美術から知る世界
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第四章 心に響く「人と作品」
第七章 アートの舞台裏と周辺
第八章 これからの美術館 
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