地域による風土性の違いと雪国の酒

松崎晴雄

 並行複発酵という高度な発酵過程を経て醸し出され、複雑で微妙な香味を備えた酒である日本酒。その味わいの違いを生む理由について考えてみると、実にさまざまな要素が関係していることがわかる。主原料である米に由来するもの、原材料とはいわないまでも発酵に大きな影響を与える水と酵母、また精米歩合、酒母造り、搾り方といった工程による違い、代々受け継がれてきた杜氏集団の技術など。その他にも気候や歴史的な背景等、地域の風土性に由来する部分も大きいといえる。日本酒が南北に長い我が国の食文化を代表する存在であるといわれるのも、このように多面的な要素が凝縮されている点にあるといってよいだろう。

 風土性ということを取り上げてみてもさらにいくつかの要因があげられる。まず第一に考えられるのが気象、気候という条件。気温の上昇に伴い醪の発酵温度が高くなれば、酵母活動は旺盛になり発酵は進むがその分味も多くなる。逆に気温が上がらず一定の低い温度が保てれば、発酵は穏やかだがきめの細かいきれいな酒ができるといわれる。このように酒造期間中の気温は発酵と酒の味わいに大きく作用するのである。また発酵期間だけでなく貯蔵にまわされた後も、蔵の中での熟成温度が酒の風味にも大きく影響してくる。高温であれば熟成が早く味が乗りやすくなるのに対し、低温だと熟成は遅く味も若めであっさりとした酒質になる。近年は全国的に冷房設備を施した酒蔵が増えてきているが、酒造りと温度、気温というのは非常に密接な関係があるのである。
 次に考えられるのが地理的な条件である。これにはまず硬水と軟水という水の違いがある。硬水はカルシウム、リン等の酵母が活性化するミネラルを多く含み、糖分をアルコールに変える酵母の働きは活性化する。発酵の進み具合がよいのでがっちりとした辛口タイプに仕上がる傾向がある。一方の軟水を仕込み水に用いるとミネラル分が少ないため発酵は遅く、味わいについても甘味を忍ばせたやわらかい風味のものが多い。

 もう一つ地理的な環境ということで考えられるのは、海岸部と山間部に位置する酒蔵の立地による酒質の違いである。比較的に鮮度の高い食材が流通できる海に面した地域と、食品の保存性が望まれる内陸部の地域では、味付けにも違いが生じてくるはずである。たとえば前者であれば全般的にあっさりとした食べ物が多く、後者は逆に保存性を高めるために塩分等を多めに用い味は濃くなる傾向がある。すなわちその土地で好まれる酒の味わいにも、地域の食生活の条件が大きく関わってくるのではないかということである。

 海沿いにはさっぱりとした淡麗な酒、一方の山あいにはコクのある濃厚な酒が多く分布しているのもそのような理由によるものと考察される。もちろんその逆の地域もないわけではないし、物流が発達した今日にあって次第にその傾向も薄れてきているかもしれない。しかしながら長く受け継がれてきた私たちの食文化に照らし合わせてみると、食とともに供する酒の味わいに大きな違いが生じてくるのも当然であるといえるのである。

 第3の要因にはさまざまな歴史的背景があげられよう。江戸時代の藩政に起因する地域独自の文化性、県民性の違い。これには先述した地理的な理由と同じように、郷土料理と酒とのあり方という形で反映されている。また各地で杜氏集団が発生したことは、その土地の産業構造、あるいは藩が講じてきた産業政策等とも少なからず関係していた。杜氏の各流派による技術の違いも、それぞれの地域固有の特性を踏まえて確立したものであり、このように自然環境的なものに人的要素が絡みながら、地酒の風土性は成り立ってきたのである。

 雪国と称される日本海沿岸から北日本一帯に至る地域の酒にも、そのような共通性と地域独自の特徴性が共存している。共通性というとまずはその寒冷な気候といえるだろう。寒造りといわれるように日本酒は冬場を中心に造られるのが常であるが、これは雑菌が繁殖することが少ない寒い季節が好ましいということである。同時に低い温度でじっくりと発酵を進めることによって雑味の少ない繊細な酒質が生まれる。雪に覆われた冬季の酒蔵は一定の冷気と清らかな環境が整った理想的な冷蔵庫ともいえるわけであり、その中で仕込まれる酒は相対的に透明感のある淡麗な味わいになる。年間を通しての冷涼な気候もまた熟成具合が穏やかになるという点で、そのような風味を維持していく上で一役を担っているといえるだろう。

 特に低温で長期発酵を行う吟醸酒については、その造り方からすると非常に望ましい環境にあるわけである。明治時代後期に端を発する全国規模で行われる鑑評会において秋田、新潟等の産地が早くから名を挙げ、今日銘醸地として台頭していく基礎を築いてきた。その後も東北、北陸、山陰といった地方が「全国新酒鑑評会」で優秀な成績を上げ、吟醸産地としての名声を誇っている。鑑評会の歩みとともに吟醸酒の歴史があり、それは現代の地酒ブームにつながる源流を成してきたともいわれ、その間数ある人気銘柄を輩出してきたことも、この地域の酒質のレベルが全国的に見て優れていたことを物語っているといえるだろう。

 そのほか“淡麗辛口”という現代の日本酒のトレンドを生み出した新潟を筆頭に、富山、鳥取といった辛口の代表県が日本海沿いに点在していることも、共通性の一つに数えられるだろうか。先の地理的な要因ということで考えてみると、そこには寺泊(新潟)、氷見(富山)、境港(鳥取)等の有名漁港をはじめとして揚がってくる新鮮な魚介類と、酒質との密接なつながりがあると考えられる。同様に太平洋側でも広い海岸線を有する宮城、静岡、高知といったところが淡麗型の酒質で知られているが、どことなく北国の辛口酒の方が張りつめたようなイメージが感じとれる。

 最近では蔵ごとにさまざまな特定名称酒が出荷され、必ずしも地域ごとの特長がはっきり出ているといえなくなってきている面もあるが、北陸三県にみるように産地による酒質の違いが現れているところもある。清澄感があり淡麗辛口の富山県、濃醇でコクのあるタイプが多い石川県、その中間といえるだろうか軟水特有の穏やかな中口タイプの福井県。その中で石川県の酒を取り上げてみると、絢爛とした加賀藩の頃からの食文化の影響や能登杜氏により山廃仕込の技法が伝承されてきたことなどが、その特性を生み出した要因と考えられている。

 そのほかに同じ県内であっても下越、中越、上越の各地域によって辛口、中口、甘口に分かれるといわれる新潟県。濃厚な甘口型が多い会津地方とあっさりとした淡麗な酒質が多いいわき市をはじめとする浜通り地方、またふくよかな中間タイプになる福島市、郡山市を中心とする中通り地方がコントラストを成す福島県のような例もある。後者においては海沿いと山間部の酒質の違いを示す好例とも言えるだろう。

 雪国の地域性ということを考えてみると、そこには多分に人と市場という要素が存在しているように思えてならない。それは雪国の人ほど自分のふるさとの酒に対する愛着が強く、地元で消費される地酒の比率が高いと思えることである。都道府県別の成人一人当たりの日本酒販売量の数字を眺めてみると、そのような地元の酒に対する強い志向がわかるような気がする。

 これは各都道府県内の全酒販店が1年間で売った日本酒の量をその県の成人人口で割ったもので、1人が1年でどれだけ日本酒を飲んでいるかを見る指標と考えればよい。第1位が新潟県で29.5リットル。これは1年間で1人が飲む量を1升瓶に換算すると約16.4本(升)。ついで秋田県の24.2リットル、同じく13.4本。3位は島根で21.0リットル、同11.7本。4位以下は山形、富山、石川、鳥取、福島、長野、高知と続く。


松崎晴雄
日本酒コンサルタントとして、酒蔵指導に講演活動等に携わっている。純粋日本酒協会の 酒コンテストで、通算20回名人として認定されている。日本酒輸出協会会長。(有)デリカネットワークサービス専務取締役。著書に『Tastes of 1212日本酒ガイドブック』(柴田書店)、『日本酒案内』(小学館)などがある。
 これには県内の酒屋から県外の届け先へ宅急便で送られる分や、スキー、温泉等で県内に観光にきた人が消費する量なども含まれているが、日本海岸を中心とする地域が10位以内にずらりと名を連ねていることがわかる。新潟、秋田は課税移出数量(出荷量)においても全国で3位、4位に位置する全国有数の酒どころであるが、銘醸地を支えてきた要因の1つとして地元の人たちに愛飲されてきたということも、決して小さくないのではないかと考えられる。

 最近の銘醸地の動向としてよく話題に取り上げられるのが、地域独自の新しい米や酵母の開発である。それは産地間競争の場でもある鑑評会でいかに好成績をあげるかという使命に加え、産地のイメージを確立し、消費者に地酒らしさを訴えかけていく上でも有効な手段にもなっている。これについても東北、北陸各県や新潟、長野、島根といったところの動きは目覚しく、他の地域を1歩も2歩もリードしているといえよう。

 新しい酒造好適米としては「出羽燦々」(山形)「一本〆」(新潟)「雄山錦」(富山)「神の舞」(島根)等、新しい話題に事欠かないし、酵母では金沢国税局の鑑定官室で開発された「金沢酵母」、秋田県の食品総合研究所で生み出された「秋田流花酵母(AK-1)」が優秀な吟醸酵母として、それぞれ日本醸造協会の協会14号、協会15号酵母となり広く全国の酒造メーカーに頒布されている。これらの事実は長い間に蓄積された高い技術レベルを備えていることの証左でもある。

 いずれにしても恵まれた気候、優れた技術、また地元の人たちに育まれることによって、雪国といわれるこれらの地域が今日の酒造りの流れにも大きな影響力をもち、地酒のイメージ・リーダーとして君臨していることは間違いないのである。


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