
農口尚彦杜氏。連如上人ゆかりの井戸を掘りなおし
整備された自然園「白水の井戸」にて。
この水は仕込み水としても使用される |

加賀地酒メーカーの代表的存在として風格を漂わせる |
日本一の杜氏を口説き落とした男
「農口尚彦」。酒造りに携わる人なら1度は聞いたことがある名前だろう。酒造りの達人として日本各地の酒蔵を支え、やがて「山廃造り」の名人として長年銘酒を生み出してきた人だ。定年で退職した農口氏は、奥さんとゆっくり旅行でも楽しみながら余生を過ごそうと奥能登半島で暮らしていた。
その農口氏を、人一倍の情熱で口説き落とし、後進の育成をも含めて、もう1度酒造りへの現場へと連れ戻したのが、鹿野酒造を経営する鹿野頼宣氏だ。
鹿野酒造の創業は文政2年(1819)で、200年近い歴史をもつ。酒蔵がある加賀市には、古くから数多くの酒造メーカーがあり、加賀杜氏が活躍する、まさに酒処であった。しかし、周辺環境が大きく変化し、昭和30年代を最後に加賀杜氏も絶え、酒造メーカーの多くが廃業を余儀なくされた。
そのような状況の中にあって、文政2年(1819)創業の鹿野酒造は、加賀地酒メーカーの代表的な存在として、毎年、銘酒を生み出してきたのである。
確かな技術で生み出される山廃造り
鹿野酒造のメインブランドは「常きげん」。北陸の酒にしてはどちらかというと淡麗ですっきりとした飲み口だった。その味が農口氏の杜氏就任で新たな時代を迎えた。農口氏の手で山廃仕込みされるようになって以来、しっかりしたコクと喉越しのキレが加わったのだ。
「山廃造りの酒は味が全然違う」と農口氏も鹿野社長も口を揃える。品質が変わりやすく不安定なため、雑菌が入ったりして味が全然違うものになるという。しかしながら、しっかりとした酒造りの技術を身に付けた杜氏が管理すれば、味に幅がありコシもある山廃ができあがり、速醸の酒とは味も格もまるで異なった味わい深い酒となる。常きげん本格山廃は、まさにこれからの時代に注目される日本酒であろう。
農口氏を見ていると、心の底から日本酒を愛し、日本酒ファンの人々との交流を心から楽しんでいることがうかがえる。頑固な職人でありながらも、気さくで豊かな人間性も併せもつ農口氏のその人柄こそが、彼の生み出す酒の源流なのかもしれない。農口氏が現役に復帰し、鹿野酒造の若い蔵人たちとともに、鹿野酒造でまさしく「本物の山廃仕込み」を実践し、後進が農口流の技術を受け継いでいくなら、本当に旨い酒がこれからも私たちの手元に届くという贅沢を楽しみ続けることができるだろう。農口杜氏と若者たちの酒造りは、平成13年、NHKテレビ取材の「列島スペシャル」や「北陸スペシャル」で全国に紹介された。
地元の名水を復活させた蔵元
農口氏や蔵人たちの酒造りにかける情熱とともに、酒造りに欠かせないものとして、地元で栽培される米と、「白水の井戸」から汲み上げられている白山の雪解け水がある。この水は、その昔、蓮如上人が鹿野酒造のある加賀市八日市周辺を訪れた折、杖を突き刺した場所から湧いたと伝えられ、古くから名水として知られていた。
上水道が引かれるまでは、500年以上もの間、住民の重要な生活用水だったが、それ以後、使用されなくなり井戸はふたをされ、忘れ去られてしまった。で、平成9年、蓮如上人500年忌に合わせ鹿野氏がもう1度この名水を蘇らせようと井戸を掘りなおし、半世紀ぶりに、酒造りに利用したのである。鹿野酒造の蔵の裏手にあるその井戸周辺は現在、鹿野氏が私費を投じて、親水公園として整備されており、蔵を訪ねる人々の憩いの場ともなっている。
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